プロフィールかな昔話かな

2月23日熊本市生まれ
お人形遊びが好きで服を作ったり
紙の着せ替え人形を作ったりしていました。
小さいころ毎日預けられていたおばあちゃんの家では
空き箱があるともらっていたので
ドールハウスみたいなのを作っていたのかしら??

高校卒業まで熊本に住んでいたけれど、
学校の行き帰りのバス以外乗り方わからない・・・。

芸大目指し東京でしつこく浪人。
細かいデッサンが好きでかなり真面目。
数年後もういい加減に浪人はダメと言われたので
初めて私立も受けた。芸大はまた落っこちた。
1977年 東京造形大学油絵 高尾の山の中で楽しかった・・・
けど、また芸大受ける。

1978〜82年 東京芸術大学美術学部油画
芸大も楽しかった。
3年の時版画を専攻。でもまた4年の時油画に戻る。
就職する気はないので大学院を受ける。

1982〜84年 芸大大学院油画
アトリエでお茶を飲んだり作品作ったりの毎日。
アテネフランセでフランス語を始める。
就職する気はないので留学生試験を受ける。

合格したけれど、フランス政府が財政難を理由に
1年の延期(または中止)を言ってくる。
1年間やることがないので、以前から好きだった童話を読みふける。
イラストを描いてMOEと詩とメルヘンに応募してみる。

イラストは楽しい。童話も楽しい。
もうこのままイラストレーターになろうかな?と思ったら
大使館から突然の電話で、すぐにもフランスに行っていいとのこと。
慌ててアパートを引き払ってフランスに出発。

1985年9月 アエロフロートでフランスへ。以後94年まで滞仏。
あまりに小さい飛行機なので乗り継ぎのバスかと思ったらそのまま飛んだ!

〜86年 パリ14区大学都市の日本館に住みパリボザールに通う。
何故かタピスリーのクラスに入れられていたので
紙と糸で立体作品を作る。
crousという留学生お世話機関で、毎月丸一日かけて並びに並び
給費をもらう手続き。(たしか現金でもらっていたような・・。)

カフカのような世界だと思った。何の為に並んでいるのか
またたらい回しにあうのか、とにかくフランスの窓口では
おとなしく並んで待ちに待つしかないの。

1986〜88年 パリ4区サンルイ島の目の前のシテデザールに住む。
美術と音楽の外国人の為のアトリエ兼住まいでけっこう広い。
部屋の壁をセーヌを行くバトームーシュの光が回り
窓からはノートルダムやパンテオンが見えました。嘘みたいにパリ!

ボザールは銅版画のクラスに編入。次の年はパリ8大学に通う。

1988年〜91年 大学都市・日本館に住む。
MOEに「ゆららParisだより」を2年間連載。
1991年〜94年 郊外のきれいな町ロバンソンに住む。
ちょっと歩くとソー公園というお城もある大きな公園があり
大好きな町でした。

1992年 初めての絵本「Les deux soeurs」出版。
日本で個展。スウェーデンでも人形展を開く。
1994年3月 帰国。
今に至るの。

topへ