正法寺の寺宝
  正法寺は、中世以来、東北地方における曹洞宗の本寺として発展した大寺だけに、
 仏像・寺宝には質量ともに注目すべきものがあります。
  
  発展期の正法寺に大きく貢献した仏師として「立増(りゅうぞう)」の存在がクローズ
 アップされてきています。仏殿本尊の「釈迦三尊坐像」と三体の「僧形坐像」は、仏師
 立増の一連の作品であることが確実視されています。
御本尊『如意輪観世音菩薩』釈迦三尊坐像釈迦涅槃図僧形坐像

本堂
  鎌倉時代後期 県指定文化財 
  宋風の面相を示し、玉眼を使い入れている本格的な鎌倉彫刻で、面相や複雑な腰裳の
 衣表現には慶派の系統と思われる部分があり、巧みな作技から制作地は都と思われる。

  制作年代は13世紀後半から14世紀初頭と思われる。寺伝では仏師「春日」作と伝えられる。

  秘仏であり、年に1度、10月16日に行われる熊野大権現大祭祈祷会の際に御開帳される。

本堂 室町時代 明徳3年(1392) 県指定文化財
  仏殿本尊の釈迦三尊で、『正法寺什物帳』には常に筆頭に掲げられていて、正法寺の中心
 となる仏像であることを示しています。

  仏殿は寛政11年(1799)の火災後再建されず、現在は本堂(法堂)西室中の上段の間に
 仮安置されています。

  中央は釈迦如来、向かって右が獅子座に乗る文殊菩薩、左は象座に乗る普賢菩薩です。

  明徳3年(1392)以降10年間に亘って正法寺関係の仏像を造り続けた仏師「立増」の作と
 伝えられています。

本堂 江戸時代

  釈迦が80歳のとき、クシナガラの地で病に臥し、四方に2本ずつ植えられた沙羅双樹に
 囲まれた寝台の上で、北枕西面し右脇を下にして身を横たえ入滅する光景を描いたものです。

  周囲には嘆き悲しむ菩薩、弟子、天人、俗人のほか、像、獅子、虎、鳳凰、鶴、鶏などの
 動物を描き、右上には釈迦の母「摩耶夫人」が飛来しています。

  この涅槃図は寝台の右側面が見える宋形式によるものですが、もともとは寝台の四面中央
 に置かれる双樹が、釈迦の姿を遮らない位置にずらして描かれています。

  2月15日の釈迦入滅の日に行われる涅槃会のときに開かれますが、現在は本堂東室中の
 間に常時掛けられています。

  文政年間(1818〜30)立花(北上市)の絵師「黒川(こくせん)」作という伝えもあります。

本堂 室町時代前期 県指定文化財

  かつては開山堂に祀られていた正法寺開山様から3代様までの坐像。
 現在は、県指定文化財となり宝物庫正面に安置されている。

  3体とも県内における頂相彫刻として最も優れたものです。
 中でも、二代月泉良印禅師坐像は生前の肖像であるだけに、最もいきいきとした優れた作です。

  3体のうち仏師「立増」の銘があるのは三代道叟道愛禅師坐像のみですが、作風からして3体
 とも立増の作とみられます。