トッピクス第4回 「雷門」  平成14年4月10日        

ご存知でしたか?この門は100年近くもの間「幻の門」だったのです

 今回は浅草のシンボルで浅草寺の正面入口、総門「雷門」の登場です。とびきり大きな「提灯」、「天下泰平」・「風雨順時」・「伽藍守護」を願って「雷神」と「風神」が奉られています。世界中を捜しても他所ではまずお目にかかれない、この組み合わせに観光客の多くが感嘆の声を上げます。
正面から
雷門提灯

見落としがちな裏側も
提灯裏側

大きな提灯にまず驚きますね。「金龍山」の扁額、昔はこのように右から書いていました。 同じ提灯を裏側の仲見世の方から写したものです。正式名の「風雷神門」の文字が見えます。
 提灯の底部には龍の彫刻が施されています。龍は大海に棲んで雲をよび、雨を降らす魔力を持つと信じられてきました。木造の建造物しか持たなかった日本人にとって火事は恐ろしい災害で、雨を降らして建物を火事から救う龍は龍神として崇められてきました。合わせて浅草寺では隅田川から聖観音が出現したとき守護神龍神が金鱗を輝かせ出現したとの由来が「浅草寺縁起」に記されています。多くのお寺や神社には「火事に遭わないように」と龍の絵や彫刻が奉納されています。
雷門以外の提灯にも同じように龍の彫刻がありますが、すべて渡邉崇雲さんという彫刻師の作品だそうです。渡邉さんは大正13年生まれの方で現在も彫刻師として活躍されており、平成14年には黄綬褒賞を受けられました。
 提灯の多くは昭和30年代、浅草寺の建物が復元された時の作品で、紙と竹の部分は10年おきくらいに張りかえられますが、この彫刻部分は塗り直したりしながら使い続けられています。
渡邉崇雲さんのページはこちら
全体
雷門全体

金龍山浅草寺
石標

 まだ観光客の少ない朝の時間です。右手前の小さな建物は「交番」で、日中は道を尋ねる人があとを絶ちません。
右の写真は浅草寺の表札?(この石標は御本尊示現 1350年を記念して信徒により寄進されたものです)「金龍山浅草寺」側面には「坂東札所第十三番」・「江戸札所第一番」と彫られています。
 浅草寺は坂東三十三観音巡礼の札所として「十三番」に指定されました。鎌倉時時代、すでに西国で盛んになっていた観音信仰にもとずいて源頼朝一族によって制定されたもので、第一番の札所は鎌倉「大蔵山杉本寺」になっています。
 江戸時代になって設けられた「観音三十三札所」では「一番」に指定されています。
浅草寺の守護神、左の「雷神」と右の「風神」(金網が邪魔でごめんなさい)

雷神


風神

 正しい名前は「風雷神門」、浅草寺の総門、最初は天慶5年(942)武蔵守に任命された、平公雅(たいらのきんまさ)が祈願成就のお礼に寄進。現在の駒形付近に建てられました。
鎌倉時代になって現在地に移転し、同時に「風神」、「雷神」が奉られました。二神はともに鬼面蓬髪、虎の皮のふんどしを締め、
連鼓を打つ雷神風袋を担いで天空を駆ける風神は、「風雨順時」自然が穏やかであること)、を祈願し、その結果として五穀豊穣、合せてお寺の平穏を祈願するものです。
 建築後も数度の火災などによって失われ、そのたびに再建されてきました。慶応元年(1865)の田原町からの火災でも焼失したのですが、このあとはなかなか再建が実現せず、
昭和35年(1960)に現在の門が再建されるまで95年間にわたって「雷門」は地名だけの存在でした。再建されるまでの間は、大きな催しには幾たびか仮設の門が立てられて参詣者に喜こばれたそうでうす。
 現在の雷門は浅草寺の正面入り口に位置し、観光客のほとんどが訪れます。
待ち合わせや記念写真に格好のスポットでもあり早朝から賑わっています。
 交差点を渡ると
「浅草文化観光センター」があり自由に利用できます。観光のお客様のお役に立てるはずですから利用しましょう。外国語での対応も出来ますのでご遠慮なくどうぞ。
江戸時代に描かれた雷門
 江戸時代、雷門は広重、歌麿、英泉など多くの浮世絵師によって描かれました。
作者は不詳ながら
享保5年(1720)頃の「江戸風俗図巻」(大英博物館所蔵)にはまだ提灯のない雷門が描かれています。提灯の奉納は寛政7年(1795)の再建時に海産物を扱っていた商人たちによって奉納されたのが始まりです。
 江戸時代の末期、
広重(1797〜1858)の「江戸名所百景」に雷門から望む「仁王門」(現在の宝蔵門)の雪景色があります。この絵には仁王門の右(東側)に建つ「五重搭」も描かれ、当時の「五重塔」が現在とは宝蔵門を鋏んで反対側にあったことが分かります。
 広重の別の絵には
雷門の脇に木戸が描かれています。現在の雷門やニ天門には扉はありませんし、境内の周囲の道路は何処からでも自由に出入りできますが、当時は門には扉があって暮六つ(季節にもよるが午後6時ころ)になると「歳の市」など特別の期間を除いて扉は閉められ、一般の人は出入りが禁止されていました。
浅草広小路
 雷門の前の東西の通り、現在は「雷門通り」いう名前が付いています。江戸時代には「浅草広小路」と呼ばれ、広い空間が確保されていました。これは明暦3年(1657)の大火を契機として、延焼防止のための火除け地として、周辺地では「田圃」を、街中では「広小路」として空き地が確保されたものです。
              雷門の詳細    (資料 浅草寺ガイド・雷門江戸ばなし)
様 式 本瓦葺、切り妻造り、八脚門、鉄筋コンクリート、合成樹脂塗装
大きさ 面積:69.3u(21坪)、間口:11.4m、高さ:11.7m
炎上の歴史
(江戸時代)
江戸時代以前についての詳細は不明の点が多い
1、寛永19年(1642)2月19日焼失、    雷門が無かった
期間8年間
  慶安2年(1649)12月再建、再建費用457両
2、明和4年(1767)4月9日焼失、      雷門が無かった
期間28年間
  寛政7年(1795)3月再建、再建費用2800両
3、慶応元年(1865)12月12日焼失、
   雷門が無かった期間95年間
  昭和35年(1960)5月1日再建(現在の門)
上記(2)の明和の焼失後、再建されるまでに28年間の空白があります。
 門の再建願いは浅草寺から当時の幕府の老中松平武元・側用人田沼意次・寺社奉行土井利里らに提出されていました。ところが折悪しく、
明和9年(1772)の大火によって類焼した伝法院の再建が優先されたり、本堂の大修理が始まったりして延びのびになってしまいました。
 この間に観音信仰に熱心な信者から再建費用を寄進したいと申し出がありました。ところが当時浅草寺を管理していた上野の寛永寺から、「寛永寺へ600両の冥加金を上納すれば申し出を認める」という難題をかけられて断念し実現しませんでした。
 「風雨順時」合せて「五穀豊穣」を護る
「風雷神門」の再建が実現しないことが、天明年間(1781〜88)の凶作・大飢饉を招き、浅間山の大爆発など天変地異をもたらしたのだと人々の口に上るようになり、その再建は江戸市民のみならず、全国民の悲願にまでなっていました。と、この間の事情が「よしの冊子」という書に記されているそうです。
 やっと、寛政5年(1793)9月3日再建工事が始まり、
寛政7年3月に完成しました。
すぐに提灯を奉納した人は雷門の中の間表(なかのまおもて)に「しん橋」と書かれた提灯を家根屋三左衛門、同じく裏に御高盛講中の世話人、風神・雷神の前に松葉屋半左衛門、その裏に歌舞伎の中村勘三郎です。
「しん橋」と書かれた提灯は浮世絵などによって見ることが出来ます。
 慶応元年の焼失後、明治・大正・昭和の時代と何度も再建の話が持ち上がったものの実現を見ず、再建まで95年間の長い間「幻の門」として経過してしまいました。
現在の雷門 松下電器産業(株)の創始者、松下幸之助氏により寄進された
風神・雷神像 慶応元年の罹災の折に頭部を残して焼失
明治7年、
塩川蓮玉氏により補刻された。身長2.3m
昭和35年、
森大造(他に池上本門寺、木造浄行菩薩像)・萩原雅春氏により修理された
龍神像

(風神雷神像の裏側に安置されており、多くの観光客は見落としがちです。雷門を潜ったら振り返ってご覧下さい)
昭和53年3月、浅草寺の創建1350年を記念して松下グループ有志から寄進された
天竜像 高さ 2.93m、重さ 250kg (男性像)
金龍像 高さ 2.74m、重さ 200kg (女性像)
平櫛田中(天龍像を担当、他に代表作、六代目尾上菊五郎の「鏡獅子」、この作品は国立劇場に展示)・菅原安男(金龍像を担当、他に高野山金剛峯寺金堂の仏像復元)両氏の作品、木曾檜造り
 浅草寺の資料によりますと「龍神」は古くから海難からの守護神、また五穀豊饒を守る善神として信仰されています。ここでは「龍神は仏法を守護する」という信仰に基づき雷門の守護神として奉納されたものです。金龍山浅草寺という寺号に因み、龍神を天龍・金龍の男女二体に擬人化したもので、天龍像は中国出土の皮の腰鎧をつけており、金龍像は中国に伝わる裙((もすそ)をはいた立像として表現されています。擬人化された龍神像であることがそれぞれの神像には尻尾が付いていることでわかります。
提 灯 三社祭で神輿が下を通る時は持ち上げられるようになっています。
平成15年8月3日、江戸開府400年記念事業の一環として新調された提灯は直径3.3m、高さ3.9m、重さ700kgと一回り大きくなりました。京都の老舗「高橋提灯」がやく3ヶ月をかけて製作したものです。従来の提灯は平成4年12月の製作で直径幅3.4m、高さ4m、重さ 670kgでした。現在の提灯を見る
「金龍山」額 曼殊院門跡、良尚法親王筆の模写

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