学校。それは多感な思春期時代に、多くの時間を過ごす場所。
「思い出に残る授業」。もしくは「思い出に残る先生」というのは誰にでもあると思います。
……まあ、「ろくな思い出ねーや」って哀しい思春期を送ったヒトも多いでしょうけどね。
ま、かくいう私も中学時代はいわゆる「荒れた中学」の時代だったんで、不良生徒と仲悪くってイヤガラセされてた
けどね〜。でも、オトナになって思い出すと不思議と、あの暗黒時代の記憶ってあーんまり不快じゃないんだよね。
嫌なことも多かったけど、むしろ不良のイヤガラセに負けずにちゃんと毎日学校に行き、
毅然と胸を張って生きていた「凛とした中学時代の自分」を思い出すと、ワレながら愛しいものであります(照)。
ああ、あの時代と比べて、今の私は日和すぎだよママン……。
まあ、閑話休題。
今回は、安宮の記憶に残る「先生」にまつわる記憶の中の中から、なんとなーく選び出したものを3つご紹介します。
その@ いわゆる「熱血教師」の思い出
中1の時の担任だった社会の先生。
30歳でカッパはげ、しかも足に障害があるにも関わらず、すんげえ熱血教師。
暑苦しいし、出席簿で殴るし、口悪いし、規則に厳しいので嫌ってる生徒も
多かったけど、今考えるとすんごい信念あってヨイ先生だったな。
荒れた中学の時代なのに、不良な格好を絶対に許さなかったし。
生徒たちが机や椅子を壊したり落書きすると、窓を大きくあけて
「東京都民の皆さん。私たちは、皆様の血と汗と涙の結晶である税金で
買った机に落書き(or椅子を破壊等)してしまいました。どうかお許しください」
というシュプレヒコールを全員でやらされたものです……。
それから、地理の時間には「日本全国歌めぐり」と称して、その地域にちなんだ歌を生徒に調べさせて、
もちまわりで順番に歌わされたものです。
「瀬戸の花嫁」とか「長崎は今日も雨だった」とか。
ちなみに、私はちっちゃい頃に広島に住んでいたこともあって、広島カープの応援歌を一人で歌わされました。
私が社会科の教員免許をもっているのは、意外にあの先生の影響なのかもね。
そのA いわゆる「偏見メガネの馬鹿教師」の思い出
私の高校は当時、東大進学率がベスト10だか20くらいに入る進学校だったんだけど、
「勉強もするけどお祭り騒ぎも大好き♪」な、グリーンウッド(古?)の共学版みたいな
校風だったんです。
で、毎年恒例、新入生と2・3年生の「対面式」っていうのが四月にありまして。
どーゆーのかというと、
「新入生代表があいさつ文を読み上げる」
「一行ごとに上級生が拍手しつつ、うぉおおおおお雄たけびをあげる」
「新入生代表と生徒会長が共同作業でくすだまを割る」
「校長先生から祝福のひとこと」
「みんなで仲良く校歌を歌う」 以上!
……という、まことに心温まる儀式なわけです。
しかし、私が高3の時に赴任してきた校長。
しばらくぽかーんと儀式を見守っていたが、何を思ったのか挨拶の時に
すんげえ不機嫌な声と顔できっぱりと。
「天下の●高で、まさかこんな野蛮な行事があるとは。失望しました」
………は???
新入生・2年生・3年生・他の教師、仲良くぽかーん。
どーやら校長、前はDQNな高校にいたので、うちの高校に対して「天下の●高」とか
「エリート高」と、わけのわからんイメージを持っていたらしいのだが。
そんな幻想、勝手にもたれてもなあ……(苦笑)
体育祭の時の校長のあいさつもスゴかった。
「天気が良くて暑いからといって、乱闘騒ぎを起こさないようにしましょう」
……は?
全校生徒、やっぱり唖然。
あまりの校長の偏見っぷりに生徒も教師もあきれ返ってしまい、体育祭以降、
「暑いから校長室に殴るこみに行って乱闘騒ぎ起こそうぜ〜」というのがローカルギャグとして
こっそり流行しました。
夢をみるのも大事だけど、ちゃんと校風とか伝統も大事にしろよな>馬鹿校長
そのB いわゆる「謎の教師」の思い出
最後に、「思い出に残りすぎる授業」のハナシ。
学校じゃなくて、某4谷O塚のセンセイなんだけど。
椎奈が小学生の時に無理矢理いかされていた進学教室ってのは、毎週日曜日にテストがあるトコでした。
(あまりのストレスに小学校時代の私はチックを発症したものでした。ひいいいい)
しかし、そんな地獄のような日曜テストでも、やはり楽しい記憶はあるものです。
時折、私の所属していたクラスに、テスト後の解説をしにやってくる社会科の先生。
(どうやら有名私立中学の教師らしいが正体は不明)
大事なテストの解説やら受験テクニックの伝授はそっちのけで、アブナイオハナシを毎回してくださる。
中でも、彼の定番のオハナシは「全国こじき株式会社」というネタ。
「外国には、全国こじき株式会社というものがあり、そこに入社するには
日本でいえば東大レベルの筆記試験を受けなければならない。
そして、難関を晴れて合格した社員は、手術で手足を切り落とし、
かたわのこじきとして町に出て、『右や左のだんなさま〜』とやる。
そして、日本人旅行者の同情をかって小銭をかせぐのだが、家に帰れば
王侯貴族のような贅沢な生活が待っている…」
こんなストーリーを、一人何役も演じわけつつ教壇で話すわけだ。
しかし、観客は未来のエリートを目指す小5や小6のおじょーちゃん
おぼっちゃんなわけなんだが。
人間ダルマなコジキのネタとは。
なーにを考えてたんだろうね、あのセンセイ。
まあ、20年以上たった今思い出してもすんげえ面白かったけどね。