『亀岡生まれの偉大なる芸術家・出口王仁三郎』
明治4年、京都府南桑田郡(現、亀岡市)穴太で生まれる。
昭和23年1月19日昇天。享年77才。
『高熊山修行』
明治31年旧2月、王仁三郎聖師の宇宙観は生誕の地、亀
岡穴太の高熊山の修行によって確立する。二十七才の早
春、7日間神霊界を探訪する。その時、神の意思(本来この
地上を楽園として創造した)をこの地上に実現化する使命
が王仁三郎に託されていたのである。
『霊界物語』
大正10年に出口王仁三郎聖師は、人類の危機を救うため、
81巻にわたる「霊界物語」を口述する。
『芸術観』
「芸術は宗教の母なり」と王仁三郎師の芸術観を表現した
言葉である。「洪大無辺の大宇宙を創造したる神は大芸
術家でなければならぬ。天地創造の原動力、これ大芸術
の萌芽である」とのべた。さらに「芸術と宗教」の一体を説
くとともに、自ら、自然を愛し芸術に親しんだ。文筆、絵画、
書、陶芸、短歌など多岐にわたり芸術的才能を発揮し、そ
の作品は膨大な数にのぼった。それら作品の中で、もっと
もつよく人々を驚嘆させたのは、晩年に全精力を注いだ手
造りの楽茶わん3600個であった。昭和24年(1949)2月6日
加藤義一郎氏(評論家)が金重陶陽氏(備前焼人間国宝)
宅でこの茶わんを初見して驚嘆、当日の列車の中で、こ
れを「耀わん」と銘命したという。のちに耀わんをはじめと
する作品は、欧米6カ国の13都市において開催された
「王仁三郎とその一門の芸術展」で展示され、大きな反
響をよんだ。
大本教出口王仁三郎・出口王仁三郎聖師作品
★「出口王仁三郎」参考。
★高熊山は亀岡市曽我部町にあり、市の中心部から西方
へ車で約15分くらいです。 |