さらしあげな日記 

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2004.6

国会で依田巽が決めたのだ

著作権法改正案に関する衆議院本会議の中継を見たが、ちょっと暗然とした気分になった。
何かもう、悪い資本家、悪い政治家、無能な政治家のカリカチュアを見せられているようで。
公明党の富田茂之議員が質疑応答の流れなどまるでなかったかのように
「この法案を必ず通す」と事前の決定通りに言い放つ杜撰さ、傲慢さにも呆れたが
共産党の石井郁子議員の法案内容に関する不勉強、強者(依田氏)に媚びる態度には失望した。
抵抗政党としての共産・社民に期待するのは無理なのかも知れない。
ていうか、革新議員がみんなこの水準というわけではないと思うのよ。
むしろ野党のエース級はイラク問題、北朝鮮問題、年金問題なんかに投入されて
知財関係に出席してるのは一種の閑職扱いなんじゃないか、と想像するほうが妥当かも。
公明党の強気が物語るのは、この審議は向こうにとって一種のアリバイ工作であり半ば出来レースである、
そう想像するとやりきれない。参考人は質問されない限り発言できないのも見ていてもどかしい。
この際出来ることは、推進側の矛盾を追求し、将来(不幸にも)嘘になるような言質を引き出し
「これだけ問題があるにも関わらず法案はなし崩しに通過された」という事実を世間に知らしめること。
いわば「うまく負ける」ことしかないのかも。うわー景気悪い。
それにしても、依田巽の「並行輸入禁止期間は7年ではなく50年にしたかった」発言には愕然。
半世紀の製品寿命が自分とこのCDもどきにあると思っているのか(笑)。
最近になって突然消費者から疑問が出始めたのは、一部の反対論者の煽動によるものだ、
と言わんばかりの物言いといい、判り易くもガハハな悪役ぶり。いしいひさいちに漫画化してほしい。


●武蔵野エサ箱日記(簡略版)
吉祥寺ココナッツディスクにて2枚2500円くらい。高い(笑)。

GALACTIC/WE LOVE 'EM TONIGHT('02)
ニューオリンズのいわゆるジャムバンド。彼の地の伝統も踏まえた最新版のミーターズって感じか。
ただし濃さはほどほどでなんか賢そうだ。本作は地元のクラブ「ティピティナ」でのライヴを収録しているが
下半身よりは上半身だけ動く感じで、ちょっと引っ掛かりが足りない。
追記:ヘッドホンででかい音で聴いてたら楽しくなってきますた(笑)。あーー良いかも。良いです。
90年代に日本で起きたことがニューオリンズでも起きていた、くらいの再構築のされ方が
ディープなルーツ感ではない軽みに繋がっているところに手柄がある。わー偉そうだ。

ROY AYERS/STONED SOUL PICNIC('68)
フュージョンの嚆矢とも言えそうなヴァイブ奏者のリーダー作。プロデュースはハービー・マン。
エアーズのヴァイブ、ヒューバート・ロウズのフルート、ハービー・ハンコックのピアノが
広いキャンバスに点描のように色を置いていく。シンプルにして豪華、抑制が効いたクールな佇まい。
グラディ・テイトのドラム、ロン・カーターとミロスラフ・ヴィトゥスのベースも熱くならず滑らか。
ローラ・ニーロ作の表題曲は、ハンコックのオルガンが活躍するレア・グルーヴ。


深堀骨『アマチャ・ズルチャ』半分ほど読む。いやー面白いですわ。
風刺にも時代性にも芸術にも拠らない「ただの無意味」を維持する基礎体力が凄い。
加藤剛とか竹脇無我とかの固有名詞の使い方も、同時代的というよりはコサキン的。
もっとも固有名詞より、作者独自の造語感覚の適当さのほうが凄い、というか酷いのだが。
何だポン羅博士って(乱歩→ポン羅)。酷すぎ。


夕食は鶏肉・キャベツ・人参・舞茸・葱で明星チャルメラ塩味。
鶏肉ばかり食べていると〜鶏になるよ〜♪井上陽水。(04.06.01)


たぶん見たくないドラマ

 …ロックがまだ市場的に認知されていなかったこの時期、
 ほとんどの新譜ロックは輸入盤で聴くほかなかったが、その値段は3000円近かった。
 高価な輸入盤を買うことのできる人はわずかなものだった。
 国内盤アルバムが2000円、大卒初任給が3万円前後の時代である。
 …おそらくこれから先"はっぴいえんど"のように港区的・東京的なバンドは
 けっして生まれることはないだろう。東京はすっかり拡散してしまった。
 特定の階層が主役を演じるような鹿鳴館スタイルの異文化受容ルートももはや存在しない。
 異文化は日常的にどこからでも入り込んできて、本来そこにあった文化との差異も見えにくくなっている。
 だからこそ、はっぴいえんどは愛されつづけているのである。
 (篠原章「はっぴいえんど前夜 ワン&オンリーな港区的バンドができるまで」)


そして現在、レコード輸入権の創設や書籍の貸与権など、
供給者による文化リソースへのアクセスのコントロールを強める方向に情勢は進行している。
誰もがDJ感覚で膨大な情報を編集するような時代は終わり、
今後は閉鎖された環境から独自の進化を遂げたドメスティックな表現と、
積極的に異文化を摂取しようとする意欲と手段を持った表現者による
センスエリート的な表現とに2分されて行くかもしれない。80年代以前に逆戻りだ。
つまり、これから第2のはっぴいえんどが生まれるんですよ! 
愚民どもは依田巽先生御謹製のCCCDでも聴くですよ! ばんざーいばんざーい。


いまさらながら。金というのは他者の価値を承認し連帯するためのツールだ。
税金や年金や健康保険を納めるのも、自らの生活を守ることもさることながら、
社会のリソースに貢献し、弱者同胞への連帯を表明するという本質的意味がある。
だから貧困や失職の真の恐ろしさは、社会的連帯から疎外されることにあるのだが、
偉い人にはきっとそれがわからないだろう。せいぜい潜在的な税収源にすぎないんだろう。

『愛という名のもとに』というドラマが昔あって、大学の同級生達が社会で揉まれるうちに
仲間の一人が自殺しちゃうというバブルな野島ドラマ、だったらしい(私は見てない)。
で、このドラマを中野翠が評して「同じ仲間でありながら、慰める者と慰められる者は
明確に分かれている」という主旨で、差別性を指摘したことがある。
善意を他者に行使するということでさえも世の中は非対称にできているのだ。

てなことを、山形浩生氏の「部室」で行われている論争を眺めながら思い出した。
戦地に赴きボランティア活動に従事するのは、プロとしての能力を持った人間であるべきであり
無能な人間は分をわきまえよ、という大意と理解したが、この山形氏の主張は非常に正しい。
正しいんだが屈服しきれないものがある(笑)。
要するに世の中は平等でない、人には能力に応じた場所がある。
そのような現実を認めなくてはならないからだ。視聴者は唐沢寿明や鈴木保奈美に自分を重ねるのであって、
自分が彼等に一方的に励まされるチョロ(中野英雄。自殺しちゃう人ね)の側だと認めたくはない。
部室で延々と論争が続いてるのは、そういうメンタリティが働いているのだろう。
まあ、ネットで天下国家を論じる人の大半はチョロだと思うけどね(笑)。

自分が弱者の中の弱者の部類であることは自明なので(輸入権問題でも思い知った)
ここは自分にできる範囲で社会的連帯の手段を探るよりないだろう。
せめてフロントラインで戦う人々にエールを送ろう。
とりあえず次の選挙で自民党と公明党と共産党には投票しない。負け犬の選択肢は乏しいな(笑)。


夕食はありもので鶏肉・大根・人参・アスパラガス・舞茸・みょうがを具に冷製パスタ。
ソースはめんつゆ・醤油・オリーヴ油・酢・柚子胡椒。新機軸でカットトマトを加えてみる。
和風からややイタリアに戻った感じ。ミルで挽いた黒胡椒をかけると一層清涼感が増してグーだす。(04.06.03)


カニのおよめさん

『みんなのうた』で今流れている「ありがとサンキュ〜」にびっくり。
世界各国の言葉で「ありがとう」を歌うハワイアン風味の脱力ソングだが、
作詞・作曲・編曲が松浦雅也。ゲーム仕事以外では久しぶりの登場か。
歌うのは「イクエ&カケロマンズ」、その歌声を聴けば朝崎郁恵だとすぐに判る。
すげえなあNHK教育。そういえば今日初めて『魔法少女隊アルス』(天才ビットくん内)を観たけれど
これはかなり良いのではないかしら。最初から観たいがビデオ出ないだろうな。


人類の宇宙空間への進出は進化の必然であり、
わずか数人の飛行士を飛ばすために巨大なリソースを費やすことは、
進化の階梯を人類全体が上るために必要なコストである。
というのは、ハードSFの人には馴染み深いイデオロギーと言えるだろうが
SF読者が感情移入するのは人類の代表者としての宇宙飛行士の側であって
彼等のために地上で満員電車に揺られて日々働き税金を払うその他大勢ではないだろう。
……もうお判りかと思うが、これは昨日の負け犬の遠吠えの続きなのであった。

で、唐突だが『ブレードランナー』である。
主人公はじめ酸性雨の地球に残っているのはデフォルトで負け組。
宇宙の果てに赴くのはフロンティアスピリットに燃えるヒーローではなく
一方的に搾取され危険な現場で命を落としても構わないレプリカントだ。
これってほとんど『蟹工船』の世界ではないですか!
タイレルコーポレーションは悪い資本家そのものだし。女性レプリカントは性的に搾取されているし。
フリッツ・ラング『メトロポリス』からのイメージの引用は伊達じゃなかった。
『ブレードランナー』は「プロレタリアSF」の完璧な映像化なのだ。
気分はSF蟹工船ですよ! おい地獄さ行ぐんだで! カニビーム!
でも蟹工船Tシャツは欲しくないぞ!


夕食は松屋豚めしセット。(04.06.04)


歩いて、自転車で、スプートニクで

午後も遅くに自転車で外出。
図書館でアントニオ・ネグリ/マイケル・ハート『<帝国>』(以文社)借りる。
何の見栄読書だって感じだが、アメリカとグローバリズムに抗する言葉をひどく読みたかったのだ。
2週間で読むには結構へヴィだが、その価値はあるのに違いない。
ところでこの本に行き当たったきっかけは、
ネット上で「アレア」と「アウトノミア」の関係について述べたサイトを探して見当たらず
「アウトノミア」のみで検索したところ、運動の中心人物としてネグリの名が出てきたのだった。
実際、プログレの文脈でアレアが語られる際、彼等のアナキストとしての思想的背景には
ほとんど触れられることがない。むしろ、そうした政治性を凌駕する音楽のパワーこそ
アレアの素晴らしさである、という「音楽>政治」の価値観がそこにはある。
私もそれには同意するが、そういう視点からは、彼等の代表曲「七月、八月、九月(黒)」が
70年代イタリアの学生集会で愛唱されたということの意味が伝わらない。
ヨルダン内戦でのPLO虐殺を題材にして、エジプト女性の平和を祈る詩の朗読に始まり
 
 おまえの現実が ぼくに町の黙認と戦わせても ぼくのせいじゃない

 歴史に読むんだ ぼくの苦しみの全てを 
 死を望まないぼくの家族に 目を向けよ

 おまえの現実が ぼくに人類と戦わせても ぼくのせいじゃない

とデメトリオ・ストラトスが叫ぶこの歌は、明らかにパレスチナゲリラの視点で書かれている。
この政治性は、ブルガリア音楽とジャズとロックの奇跡的融合である楽曲自体の素晴らしさに
正直つり合わないような気がしていたのだが、パレスチナで絶望的に非対称な戦いが続いている今こそ、
「七月、八月、九月(黒)」が何を歌っていたのか想像力を働かせてみたい。
(そういえばアレアが所属したクランプスレーベルは「赤い旅団」と関係があったという説もあるが
真偽は定かでない)


そんな「カゲキぶりっこ(いがらしみきお作。往年の)」はさておき、単なる身辺雑記ね。
昼過ぎに起床。昼食は豚挽肉・椎茸・葱・人参・生姜で「昔ながらの中華そば 醤油味」。
上記の図書館の用事を済ませて武蔵境に。
後輪のリムが何かの拍子に歪んでしまっていた自転車を、衝動的に修理に出してしまう。
翌日の夕方までかかるというので、仕方なく店に預けてドトール読書。
『アマチャ・ズルチャ』相変わらず1編ずつ読む。面白い。
ドトールを出、書店を2軒眺めた後帰路へ。家の近くまで直通のバスがなく歩くことにする。
風流ぶっていつもの道を外れ住宅地を縫う小路に入り、
垂直に伸びる芙蓉や竹林の奥の暗がりや、凝った意匠の建築などに目を遣るうちに道に迷い
何とか知っている道に合流し豆パンやアイスバーを買い食いしつつ足を動かしていると家に着く。
正味45分の道のりだ。決して短い距離ではなかったが、無心で歩む時間は一瞬に等しい。
さまざまな障害も美しい風景も、道を歩むその一瞬に過ぎて行く。
人生もそのようなものではないか。
すなわち、人生とは道を虚心に歩むがごとし。
ライフイズアロード。ロードライフ。和訳すれば辻人生。うぉうぉう。


豆パンとアイスバーで腹が膨れ。加えてスーパーで買ったおはぎ2個で夕食とす。(04.06.05)


今月の買わなかったS.V.

小雨降る中10分ほどかけてバス停まで歩き武蔵境行きに乗り込む。
修理の終わった自転車を受け取り、書店に入ると『STUDIO VOICE』の最新号が。
『鉄人28号』を表紙にしたアニメ特集。斜め読みするうちにげんなり。
これは私の観ている「日本のアニメ」ではない(笑)。
エヴァ以来「アニメを小難しく作家論風に語る文章」には一定の需要があるのだろうが、
それにしてもこの、カリスマ作家の捏造・大量生産ぶりは『ロッキングオン』も形なしだ。
かくも多い優秀な作家や意欲的な製作者が、深夜に大集結して送り出している
アニメの山の全てが傑作注目作であるかのような言い種は、一種の詐欺だろう。
ひょっとするとこれ、東京都か文化庁とぐるになった知財推進の一環なのかと言いたくなる。
そういえば今朝の『マシュマロ通信』は、「音楽が好きじゃない人には聞こえない」幻のバンド
スモール・フェアリーズ(文字通りの妖精たち)を発掘して大手レコード会社に売り込みに行く話だった。
その「音楽が好きじゃない人には聞こえない」音楽を、レコード会社の社長は聞くことができなかった、
という展開を予想した(外れだった)私は荒んでいるのだろうか(笑)。それもみんな輸入権とCCCD(ry

ところで特集中、西島大介氏のインタビューで
「アニオタニュースの閉鎖によって質を求めるアニメファンの防波堤がなくなった」
という主旨の発言があったが、「ex」は読んでないのだろうか。
読んでいる上で「アニオタニュースとは質的に違う」という認識ならそれはそれで一つの見識だ。
にしてもexでなくとも、質を求める優れたアニメ系サイトは少なくない。
(「質」と「萌え/ネタ」の2分法にはまた別の問題がある)
まあネットと紙媒体の温度差は、アニメに限った話でもないが。


武蔵境の大戸屋が新装開店。小洒落度が上昇、定食屋臭が一層後退。
野菜載せデミソースハンバーグ定食で夕食。いやもう充分充分。何の不足もないね。

復活した自転車で帰路に。雨に煙る沿道の木々や紫陽花が美しい。(04.06.06)


Fan,Fan,Fan

エアコンが去年から故障したままなので、換気扇を回しっぱなしにして風を通しているのだが
隣近所の浴室から吐き出されるシャンプーやボディーソープの匂いが
なぜかウチの換気口から入り込んでくるのだ。これは時にひどく鬱陶しいものである。がしかし。
入浴しているのが良さげな娘さんであると妄想すれば、シャンプーの匂いでご飯が食べられるというもの。
さすれば換気扇の不具合も強ち悪いことばかりじゃないと思い出(妄想)掻き集め。
おやじが小袋の皺を一本一本伸ばしている姿などゆめ想像するなかれ。

CD不買運動に与するまでもなく、ナチュラルにCDを買わなくなって久しい。
だもんで、反輸入権にせよ反CCCDにせよ、感情移入するには多少の想像力が必要だったのが正直なところ。
もし中古盤まで規制の対象になったとしても、手持ちのソフトだけで一生楽しめるかもしれず。
そんな私も伊集院光の『おば歌謡』は発売を楽しみにしている。
あとフランツ・フェルディナンドは珍しくもちょっと欲しい。国内盤はどうせCCCDなんだろな。

何かmixiが重くて入れなくなっている。特に入れ込むこともなく、普通に巡回路の一部とはなった。
インターネットが、独立した小店舗が濫立する商店街の集合とすれば
mixiはテナントを一ケ所に集約したデパートのようなものか。
デパートもたまには楽しいが、私は商店街をぶらつくほうが好きだ。


夕食は豚挽肉・玉葱・ぶなしめじ・トマト水煮・大蒜でスパゲティ。(04.06.07)


新婚さんいらっしゃい

ヤマザキのチョコクロワッサンをオーブントースターで4〜5分加熱すると
皮はパリパリ、中のチョコはトロトロでウマー!サンマルクカフェのチョコクロ風に(誇張)。
前にもこんなこと書いた気がするが、コンビニパンはとりあえず炙ると旨いのである。
アップルデニッシュしかり、カレーパンしかり。貧乏道楽。

●今日の1枚

THE HONEYMOON KILLERS/LES TUEURS DE LA LUNE DE MIEL('81)
邦題『蜜月の殺人者』。
ハネムーン・キラーズはアクサク・マブールのリーダーでクラムド・ディスクの総帥である
マルク・オランデルのプロジェクトかと思っていたが、
実際にはイヴォン・ブルマンという人が始めたバンドに、アクサク組が合流したものらしい。
スラップ・ハッピーとヘンリー・カウの関係を思わせる。
本作を一言で言えば「ディーヴォへのベルギーからの回答」というところか。
フレンチ・ポップス、パンク、テクノ(当時の)、ジャズ、スカ等々、様々な要素の折衷である彼等の音は
足取りの軽やかさと機知と速度感に溢れる、いかにも80年代前半のアヴァンポップだが、
最大の特徴はヴォーカルがフランス語であるところではあるまいか。ベルギーのバンドだから当然だが。
イヴォンの管を巻くおやじのような危険な唸り声と、ヴェロニク・ヴィンセントのキレ気味なロリータ声の
2色のフレンチヴォーカルがニューウェーヴなサウンドと絡む様はなかなかにいかがわしく、
しかも新鮮でポップであることを今でも失っていない。
80年代初頭にクールとされた音楽は(インターネットなど存在しなかったのに)驚くほど共時的だ。
YMO期の細野晴臣や高橋幸宏のプロデュース作品や(特に女性歌手をフィーチャーしたもの)
曲によってはリーグ・オブ・ジェントルメンも連想した。チープなオルガンと疾走感が似ているのだ。
そんな80年代前半の空気感がおやじを打ちのめすのだが(笑)若い人が聴いても全然格好良いと思います。
ボーナス・トラックにはアクサク・マブールと共演したライヴを収録。
これはレコメン色が強い変拍子チェンバーロックで、アクサク主導と思われる。
こんな力関係もスラップ・ハッピー+ヘンリー・カウ的。


夕食。鶏大根(旨かった)を作った残りの手羽元でスパゲティ。
手羽元に塩・胡椒をまぶしてオリーヴ油で焼き色をつけ、別に取り分けておく。
フライパンに残った油で玉葱みじん切りを炒め、これも取り分けておく。
オリーヴ油を足し、大蒜みじん切り、人参すりおろし、茄子輪切り、しめじ荒みじん切りを炒め
手羽元と玉葱も合流、赤ワイン投入し煮込み、トマト水煮を潰しながら加え、コンソメキューブ1個、
乾燥バジル、黒胡椒加え、水を足しながら弱火〜中火で30分ほど煮込む。
固めに茹でたパスタを合流し、柔らかくなりすぎない程度に味を染み込ませて完成。チーズは好みで。

どうも風邪を引いたようで頭も身体も重い。土曜日大丈夫か。(04.06.10)


御自宅フォークジャンボリー

坂崎幸之助のラジオで岡林信康71年のライヴ盤『狂い咲き』の特集を聴く。
このアルバム聴いていなかったのだが、岡林の弾き語りとバンドを従えた演奏を納めた3枚組(!)で
柳田ヒロkb、高中正義b、戸叶京助dsのバッキングは軽快で穏やかだ。
番組が終わってから、SMSから出た岡林withはっぴいえんどの70年12月1日のライヴ盤をかける。
今さらながら改めて聴いても素晴らしい。
細野晴臣と松本隆の、単純なパターンを決してなぞらないリズム体は退屈する暇がなく
強力な演奏に煽られる岡林の歌は、挑発的な言葉に相応しくワイルドで、
歌の間を縫う若き鈴木茂のギターは、猛々しく歪みながらも歌心を忘れない。
この間大滝詠一は何をしてるのだろう(笑)。だがはっぴい単独のセットでは、鬱憤を晴らすかのように
「かくれんぼ」で即興的なメロディラインを自在に歌い存在感を示す。
スローテンポで抑制された演奏から、サビで一転して劇的に盛り上がる「私たちの望むものは」は
コラボレーション最後期らしく熟成されて、中津川の演奏よりずっと良い。
続いて泉谷しげる『光と影』(73年)を聴く。
これはサディスティック・ミカ・バンドの演奏が凄い。
梅毒の恐怖をファンキーに歌い上げる(笑)「おー脳」、日本最初期のレゲエ「君の便りは南風」が
他のトラックとは明らかに異質な仕上がりになっている。泉谷と加藤和彦の関係も興味深い。
などと自宅内発掘を楽しむ一日。


夕食。肉がなくなったので植物性蛋白を主役に、厚揚げ・いんげん・椎茸の煮物。
椎茸を酒と醤油で煮染め、水を注ぎ適当に切ったいんげんと厚揚げを投入。
煮立ったら砂糖・酒・醤油・だし醤油加え中火で煮込む。煮汁が減ったら完成。
他にミョウガのナムル、じゃがいもとワカメの味噌汁、ご飯。
粗食というのかもしれないが、こういうメニューが今は身体に馴染む。
風邪薬を3錠飲んで寝てしまおう。(04.06.11)


空飛ぶ円盤におととい乗ったよ

土曜日。吉祥寺ディスクユニオンにてウェアハウスのインストアライヴ。
2ndアルバム『PATROL GIRL』発売記念。この日のセットの大半はそこからのものだ。

ジャズ館2階の極小空間。
ミュージシャンの目と鼻の先に詰め込まれた少数の客を前に(といっても狭い会場では満員なのだが)
開演ぎりぎりまで書かれていたらしい膨大な譜面をもとに、高度な演奏技術が惜し気もなく披露される。
鬼怒無月g、高良久美子vib、大坪寛彦bが綾なす音楽は
小粋にスゥイングするフレンチ・ジャズ、サウダージ漂うブラジル音楽、
歪み撓み緊張感を湛えるチェンバー・ロックと、様々な要素が複雑に入り乱れながら
それらは良く混ざり合い、プロの矜持とともにキュートなユーモアと遊び心を忘れない
「ウェアハウスの音楽」としか呼び様のないものだ。

スムーズなジャズの流れに突然フレッド・フリス的な歪みギターを投げ入れる
鬼怒無月の多様なギタースタイルは、そのままバンドの折衷的な音楽性を体現していた。
高良久美子のヴァイブは圧巻だったが、この日始めて披露したというピアニカも音楽に可憐さを加えていた。
その2人の達人を大坪寛彦の洒脱なウッドベースが繋いで、絶妙なバランスの三角形が完成する。
何度袖を通しても糸がほつれない、洗い晒しのシャツのようなカジュアルなアートには
思わず手に取らずにはいられないチャーミングな風合いがある。

そんなわけで2ndをその場で購入。紙ジャケを飾る高野文子によるアートワークがまた似つかわしい。


その後、高円寺円盤にてStrange Music Night #2。#1は私も出演したが、今回は客として遊びに。
元は雀荘だったという会場は、カルトな先入観を裏切る家庭的な雰囲気で
岸野雄一氏が客として座るカウンターで永田一直氏がカクテルを作る光景もまたストレンジ。
置いてあるCDやレコードも、お金持ちなら買い占めたいほど魅力的だった。
まあ普通のお金持ちは買わないか(笑)。
私はガロ『GARO 2』(72年)、FANIA ALL STARS"DELICATE AND JUMPY"('76)、
クレイジーケンバンド『Tiger & Dragon』(02年)購入。計315円。

さて、前回も似たようなことを書いたが、これはいわゆるプログレイベントというよりは
「ストレンジ」が音楽の自由さを保証する共通のテーマとなって
DJが思い思いの音楽性をぶつけあう楽しいものだった。
古今東西洋邦を問わず集められた音楽は「なるほどこう来るか」と思わせる出会いに満ちていて
モニターから流れる『カリキュラマシーン』の映像など眺めつつ
ゆかいなプログレ仲間とゆるゆるに朝を迎えたのであった。

外は小雨からやがて大粒の雨に変わり、自転車で武蔵野まで帰った私は傘を差していたもののずぶ濡れ。
機材や大量の音源を抱えた出演者の方々は無事だったろうか。皆さんお疲れさまでした。(04.06.14)


さらば世界の娯楽

糟糠の妻ともいうべき三菱製テレビ「25C-AX1」(89年製)が本日逝去した。
眠るように静かな最期だった。享年15歳。人間では老境に相当するだろう。切ない。

今は後添えなど考える気になれない。ていうか、なきゃないで良さげな感もあり。
このまま1週間ほど放置して禁断症状が出なければ、以後は晴読雨読の生活に入ろう(耕はどうした耕は)。
で、どうしてもテレビが欲しくなったらどうするか。

1. 新しいのを買う。といっても、プラズマや液晶など別にいらない。買えもしない。
 自宅で大画面をという欲望もない。21型以下で充分。
2. 休眠中のPerforma用のテレビチューナーボードを探す。
 昔そういうものがあったのよ。ヤフオクとか秋葉原のジャンク屋とかに売ってないか。
3. TVキャプチャボックスか、AV入出力コネクタ+ビデオデッキ使用し、iBookでテレビを見る。
 しかし、液晶でテレビを見るのは辛そうだし、無駄に酷使するようで気が引ける。

そもそも私は、テレビごときになるべく投資したくない。
予算は1万円以下、できれば5千円以下、あわよくばロハあるいはダータが望ましいと考える人間だ。
そういえば劇画家の平田弘史は、粗大ゴミのテレビを拾ってきては前より高性能に復元する、
てなエピソードをみなもと太郎が語ってたな。非才な私にはいかんともしがたく。

テレビ買ってよー、OLなんでしょー、お金持ってるんでしょー
テレビ買ってー テレビ買ってー (すみませんOLの人)


今野緒雪『マリア様がみてる 涼風さつさつ』(集英社コバルト文庫)、
深堀骨『アマチャ・ズルチャ』(早川書房)、
『伝記 世界の作曲家 ボブ・マーリー』(偕成社)など読了し、
いよいよネグリ/ハート『<帝国>』(以文社)に取りかかる。
で、序文を読み終え第1部のページをめくると、小口側の余白に

「かなりハードな本であるが2-1まで(約100頁)が抽象的。その先は比較的楽になる」

と、薄い鉛筆の書き込みが残されていた。これ以外に書き込みは見られないので
自分の後にこの本を手に取る者へのメッセージなのだろう。なんとまあ。
図書館の本には利用者によって引かれた傍線や要約、思いつき等のメモが残されていることがままある。
複数の手を渡るうちに、幾多のキーワードが指定され、書き込みへの突っ込みが書き込まれ、
あまつさえ参照すべきURLまでが追加される、なんてことが起こりうるとしたら。
これって、ある意味WEB的な読書空間とは言えまいか。言えねぇよ。みんなの本はきれいに読もう。


夕食は松屋カレーセット。(04.06.14)


ラジオのように

『ブルータス』の古本特集を読んで、そこはかとない反感を覚えるのは
私が根深くブサイク軍(by伊集院光)に属しているということなのだろう。
オサレ軍に対するヲタのルサンチマンはみっともないと判っているんだがな。

テレビのない静かな生活に早くも飽きてきた(笑)。
ニュース番組をビデオの音声出力で聴いているが、印象はそれほど変わらない。
実は映像情報のかなりの部分は無意識的にスルーしていたということか。
じゃあラジオでいいじゃんという話だが、どうでもいいものが生活には必要なのである。
明日何とかしよう。できるだけリーズナブルなソリューションを求めて。

夕食は茄子入り麻婆豆腐、大根と油揚げの味噌汁、ご飯。腹一杯なんで寝る。
などと更新作業中ネットスケープが落ち、メールが全部飛んだ。ぐぁー。もう寝るすぐ寝る。(04.06.16)


趣都は萌えているか

テレビ乃至テレビに準ずるものを探しに夕暮れの秋葉原へ。
事前に当たりをつけておけば良かったのだろうが、行けばなんとかなると無計画に出かけたものだから、
パソコンとヲタと性風俗の迷宮でひたすら歩き回るはめに。
コスプレとかメイドとかのエクスキューズ抜きの風俗店が増えているようで、
パトカーの巡回の多さが目立つ。「パソコンとヲタと性風俗」ってどんな三題噺だ。

そこそこの中古テレビか、Performaを(今さら)テレビ化するための拡張ボードを探すつもりだったのだが
中古家電店はまったく見当たらず、ジャンク屋はMacに冷たい。そろそろ閉店時間が近付いてくる。
埒が開かずネットカフェで調べて、Macの専門店を回るが、目的のものがなかなか見つからない。
ようやく発見したが、意外にも1万円前後という中途半端な高額に意気阻喪。
結局手ぶらで帰宅後、ネット通販でビデオ入力ボードというのを発見。価格も相応で購入。
いったい何をしに秋葉原まで行ったものやら。

夕食。豚挽肉・じゃがいも・玉葱・人参・椎茸で肉じゃが。大根と油揚げの味噌汁、ご飯。
テレビがなく、FMの受信状態が悪いので、ネットラジオが貴重な娯楽に。
「No Woman,No Cry」が流れてきた。(04.06.17)


眠れないぼくにはすべてが見える

テレビが壊れて眠れない。
テレビのスリープ機能を60分にセットし、できるだけどうでもいい番組を小音量で流しながら
(NHKのフィラーなど、番組でさえなくてもいい)意識が失われていくのを待つのが習慣だった。
テレビは睡眠導入剤の役割を果たしていたのだ。
今や無音の闇の中で目を閉じると、テレビの音声によってフィルタリングされていた
考えたくもない(考えなくてはならない)事柄の数々が意識の表層に浮かび上がってくる。
こうなるともう眠れない。
暴力的に眠りがやってくるのを待ちながら、目を開き時間を消費するほかない。
雨戸の向こう側の空は白んでいるのだろうが。

古書店で『YOUNG YOU』先月号を探すが置いていない。
渡辺ペコという新人の作品が気になって、もう一度読み返したかったのだけれど。
人物関係の捉え方や会話の間などに黒田硫黄の影を感じるのは私だけか。
西島大介氏が6月17日の日記で渡辺ペコに言及されており(三鷹つながりだ)
場当たりに親近感を持ってしまった。『凹村戦争』もそのうち読もう。

吉祥寺の漫画喫茶「漫画茶房」が20日で閉店する。
旧『ガロ』系やマニア系、サブカル系への目配りが良い店で、
私は会田誠『ミュータント花子』をここで読んだ。さようなら私の無為とともに歩んだ漫画茶房。
食事が充実していた「東京コミックカフェ」もだいぶ前に潰れてしまったし、
著作権者が目の敵にする漫画喫茶は決して安泰ではないのだ。
2時間無料になるスタンプカードを満了できなかったのもまた残念。

夕食は武蔵関の蕎麦屋でカツ丼セット。松屋、大戸屋、ラーメン以外の外食は久しぶりだ(笑)。
小振りのカツ丼に、なめこおろし・胡瓜・紅生姜などあしらった冷やし蕎麦と
味噌汁・サラダ・香の物が付いて950円。悪くない内容。

ああまだ眠れない。散歩でも行こうか。(04.06.19)


マルチメディア時代の到来

通販で買ったPerformaのビデオカードが届く。
装着後、モニターでテレビが見られるようになった。こんな仕様が今さら役に立とうとは。
当時はパソコンでテレビを見るということが殊更に新鮮だったのだろう。
実際の画質は「とりあえず見られる」程度のものではあるが、投資額が4千円程度なので不満はない。
テレビとしてしか使用しない旧マシンをいちいち起動するのは大儀ではあるが。
録画した『マシュマロ通信』でも後で見よう

眠れなかった日曜の朝、自転車で少し遠くへ出かけた。
五日市街道を西に武蔵境を越え小金井まで。
例によって道を逸れながら、武蔵野市の端に位置する桜堤団地に差し掛かる。
新しい建物への移行が進められる中で、昭和30年代の古い棟は取り壊しを待っているのだが
これらが醸し出す廃虚の佇まいがひどく濃厚なのだ。
入口に板を打ち付けた廃棄棟、廃業した商店群の灰色の壁が
千川の水辺に咲く紫陽花の淡い青や紫と、曇天の下で曖昧に溶け合っている風景に
タルコフスキー『ストーカー』の「ゾーン」や、
一度遺棄された後に戻った老住民たちが暮らすチェルノブイリの村を連想してしまった。
こんな、桜堤の住民には甚だ失礼なイメージを抱くのも、梅雨という季節のせいではあるだろう。
地名の由来である桜並木が満開となる時分に訪れてみたい。
(参照 団地百景公団桜堤団地都画公団桜堤団地

増設作業でPCを机から動かすついでに部屋を整理、レコードプレイヤーのカバー上面が空く。
これでいちいち物を退かさなくてもレコードが聴けるようになった。めでたい。
EGG/THE CIVIL SURFACE('74)をターンテーブルに載せる。
カンタベリー系の中でもとりわけ室内楽/現代音楽色が強い。
限り無くロックの喧噪から遠ざかる静謐さが心地良いのも梅雨の湿気のせいか。
続いてHOLGER CZUKAY/ON THE WAY TO THE PEAK OF NORMAL('81)を聴く。
A面すべてを費やして続く緩やかな反復に身を委ねるうちに眠りに落ちてしまった。


エアコンが壊れたままの部屋の湿気が堪え難く、食事を作る気力がない。
雨が止んだ隙に出かけ、松屋の大盛りカレーで夕食。
SHOP99に初めて入る。生鮮食品とコンビニと100円ショップが同居する業態はなるほど便利だが
店内で流れるテーマソングがとんでもない侵食力。精神汚染だ。
99円で売られている同CDを思わず購入しそうになった。(04.06.21)


ルンルンを買って(ry

録画していた『マシュマロ通信(タイムス)』先週放映分を観る。
玩具会社に勤めるパパは、家でもおもちゃで遊んでばかり。
とうとう食費がなくなって、お弁当も夕食もリンゴ尽くし。
よもやリストラ!?ママを問いつめても教えてくれないばかりか
口を突いたパパの悪口が逆鱗に触れて夕食抜き。
家庭の危機に立ち向かうしっかり者の娘・サンディは、
忠実な下僕のクラウド(生きたぬいぐるみの羊)をパパの鞄に忍ばせて
事の真相を探ろうとするのだった。てなお話。

もう素晴らしく面白かった。ほとんどイディオサヴァンなパパの描写やばすぎ(笑)。
サンディの虐待を嬉々として受け入れるクラウドの可愛さもまた強力。
今週のも傑作だったようで録画しなかったのが悔やまれる。
ほのぼのだけどちょっとスパイシーな日常を、ファッショナブルなキャラクターと
ツイストの効いた脚本で描いた『マシュマロ通信』は、藤子Fの系譜の最新版かもしれない。
かつて『コメットさん☆』にはまっていた人々が、ことごとく『マシュマロ』贔屓なのも納得できる。

てなわけで、原作者の山本ルンルンの旧作『シトラス学園』(宝島社)を探しているのだが
キューティーコミックスはなかなか古書店でも見かけない。
で、たまたま手に取った短編アンソロジー本『コミックエデン』Vol.1(兎菊書房 99年)に
山本ルンルンの作品「ルンルンアワー」が掲載されていたので購入。315円。
可愛さと残酷さが同居するガーリィな想像力は水野純子を思わせるが、その亜流の感もまだ否めない。
この本、表紙の鶴田謙二を始め、あさりよしとお・あびゅうきょ・津野裕子・福満茂之(しげゆき)・
山口綾子等々、非常にマニアックな顔ぶれが並んでおり、ガロ難民作家と創作系同人作家の混成という感じ。
(コミックスレビューの執筆者陣も今見ると面白い。テキストサイト界!)
この一群から山本ルンルンが抜け出たのは大変な飛躍ではあるまいか。
『マシュマロ通信』の単行本発売が楽しみだ。
関係ないけど津野裕子が『百合姉妹』に描いたりしないかしら。


●武蔵野エサ箱日記(超簡略版)

CD3枚を210円で購入。
UNDERWORLD/EVERYTHING,EVERYTHING
('00)
 ライヴ盤。微細な構造をストイックに反復しながらロック的なクライマックスに至る、
 何より歌物でもあるアンダーワールドの音楽は嫌いじゃない。ていうか結構好き。
 千円以上でも買うかと言われればきっと買わないけど。
THE WORLD OF MUSIC 11/HUNGARY & RUMANIA('95)
 全集ものの1枚。先入観として持っていたジプシー音楽の印象を出なかった。
benzo/DAY BY DAY('99) 3曲入りシングル
 灰汁がなく伸びやかな日本語アーバン・ソウル。マグースイムを解散後に知った時も思ったけれど
 こういう音楽好きの中庸なバンドが長く活動できる音楽界なら良いのに、と今さら。


夕食は鶏肉・ブロッコリー・椎茸を具にカルボナーラ。

郵便ポストが赤いのもみんなネットが悪いのさ(意訳)
この人に『デビルマン』の雷沼教授を重ねる私はゲーム脳ならぬマンガ脳。人間狩りだー。(04.06.23)


アリスは肉の穴へと

下品で申し訳ない(いやまったく)。

ジェフ・ヌーンの新刊『未来少女アリス』(ハヤカワ文庫)を書店で発見し購入。
ジェフ・ヌーンはマンチェスターのロックシーン出身のSF作家で、
デビュー作『ヴァート』はディック『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』の
90年代的な再話とでも言えそうなドラッグ小説だった。
おそらく「マッドチェスター」とか「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」なんて言葉に反応する人なら
それらのムーヴメントに疎い私などより面白く読めるに違いない。
今作は文字通り『不思議の国のアリス』の、未来のマンチェスターを舞台にした変奏であるらしく
いかにも作者らしい趣向だ。面白そうだが、先にネグリ/ハート『<帝国>』を読んでしまわねば。

ほりほねさいぞう『ニクノアナ』(一水社)も見つけたが
しかし買いにくい。数多あるエロ漫画の中にあってとりわけハードルが高い。
せめてレジに可愛い女子店員が座っていたら、羞恥プレイの一つも演じるにヤブサカではないのだが。
後日吉祥寺のエロ本屋ででも買うことにしよう。あ、「そのためのamazonです(声:立木文彦)」なのか。


Performaでテレビは見られるようになったものの、まず立ち上がるのを数十秒待ち(古いマシンなので)
モニターのスイッチを入れ、外部チューナーとして使用するビデオのスイッチを入れ、
Appleビデオプレイヤーのソフトを起動し……これだけのアクションが重なるとなると
テレビは漫然と「見る」ものではなく、気合いを入れて「観る」ものになってしまう。
これはちょっと困る。テレビはもっとどうでもいいものであってほしいのだ。
付けっぱなしのテレビからたまたま流れてきた道重の歌声に
「うぉー歌ってるよー下手だよー昔のアイドルかお前はー」と歓喜こそすれ
『二人ゴト』が始まるのを今か今かと待ち構えるようではいかん。モーヲタじゃあるまいし(ぉ

で、今日「観た」のは新番組の深夜アニメ『KURAU Phantom Memory』
謎のエネルギー生命体によって肉体を量子状態?に変換された少女の物語、なのだろうか。
『人狼』ライクなリアルなキャラデザインと、川澄綾子の温度の低い演技がマイナーな空気感を醸す。
きっと自分は何者なのかアイデンティティの危機に悩んだりするのだろうなあ。
とりあえず観続けようと思うが(『サムライチャンプルー』は脱落してしまった)
にしてもアニメで描かれる父娘関係はなんでこうキモいかな。近親愛的な願望の反射が生々しいというか。
それは作り手のみならず視聴者の欲望でもあるのだろうが。つか私のか。orz

●武蔵野エサ箱日記

ESTHER PHILLIPS/ALONE AGAIN,NATURALLY('73) ——750円レコード
エスター・フィリップスの、クリード・テイラーのKUDUレーベルにおける2作目のアルバム。
バックを固めるのは無論CTI/KUDUのオールスター。
ドラムにスティーヴ・ガッドの名はないが、バーナード・パーディとビリー・コブハムが参加、
ロン・カーター&ゴードン・エドワーズとのコンビは超余裕にしてファンキーかつブルージィ。
ギターにコーネル・デュプリー、ジョージ・ベンソン、エリック・ゲイル、
オルガンにリチャード・ティー、サックスにメイシオ・パーカーまで加わった超強力な面子を従えて
エスター姐さんの身体の奥から湧き出る濃ゆい血が、
『おバ歌謡』
でおなじみの表題曲ほかの名曲をソウルフルにグルーヴさせまくる。
ミディアムテンポ中心で聴かせる懐の深い歌唱力に、ずぶずぶと黒い沼に沈められていくのであった。善哉。


夕食は鶏肉・キャベツ・椎茸・人参・葱・生姜でサッポロ一番塩ラーメン、コンビニおにぎり2個。(04.06.24)


「天才ですから」

力一杯叩き過ぎたのか「n」キーの反応が悪い。接点がめり込んでしまったのか。
おかげでただでさえ遅いタイピングがますますたどたどしいストレスが地球を駄目にする。あああ。


ロフトプラスワンでのアニメスタイル主催の湯浅政明特集に、ピロスエさんと御一緒する。
HIKBさんも参加されるはずが仕事でキャンセル。残念)
開場時刻の午後4時に会場に入ったのだが、すでに客席はほとんど埋まっていて驚く。
5時開始10時半終了という長丁場、ずっと立ち見だった人までいたそうだ(お疲れ様です)。
湯浅政明への注目はこれほどのものだったのか。

『クレヨンしんちゃん』など子供向け作品を中心に仕事をしているので
アニメ雑誌などで取り上げられることが少ない人なのだが
(もっとも最近のアニメ雑誌じゃアニメーター特集なんてやらないけど)
担当シーンをまとめて観るとその天才に唸らされる。
ちなみに通常は「天才」の称号を固辞している湯浅だが、新作映画上映期間中は(後述)
宣伝のため「天才」を自称し続けるという。あがた森魚にも似た風貌のナイスガイであった。

漫画的というよりはグラフィックなほどに、フォルムだけを残して極度に簡略化された線で
パースを歪めながら空間の中を立体的に動き回るアニメートには、
ユーモラスでありながら独特のリアリズムがある。異能に見えるが、アニメの本道でもあろう。
ぶりぶりざえもんの活躍を描いたしんちゃんスペシャル編にも爆笑させられたのだが
劇場版『ヘンダーランドの大冒険』のクライマックスの追っ掛け場面における絵コンテの構成や
城のデザインワークなど一原画マンを超えた仕事は、若き日の宮崎駿を連想させる。
『Vジャンプ』のイベントで上映されたという『スライム冒険期〜海だ、イェー〜』では
水の描写が『パンダコパンダ 雨降りサーカスの巻』や『どうぶつ宝島』などの影響を感じさせるが
海が巨人の形を取って襲い掛かる場面の大アクションは、湯浅のオリジナルな天才を示して余りある。
特に名を秘す某作品でも、大滝詠一『1969年のドラッグレース』とシンクロした
カーアクションの疾走感や編集のリズム感、豊かな色彩がとても魅力的だった。

ゲストに出身スタジオ亜細亜堂の元同僚である佐藤竜雄と本郷みつるが出席、
代表の芝山努や小林治はもとより、奥山玲子(小田部羊一の奥さんでもある名アニメーター)、
小林七郎(美術監督)といった大御所からも、早くから湯浅は評価されていたと語る。
「それに比べて俺は…」と動画マン時代の不遇を訴える佐藤竜雄も可笑しかったが
噂に聞こえた本郷監督の飛ばしっぷりが凄い。
「細かく緻密に描いてあるけど、さっぱり判らないしつまらないのが日本アニメの主流」と宣い
そこから外れた湯浅の新作のまっとうな面白さを称揚していた。
(個人的には、クレしん劇場版における湯浅の起用法や、原恵一とのコンテ分担等
本郷監督の演出論の部分が興味深かった)

そう、今回のイベントの主旨は、湯浅政明監督の新作劇場アニメ『MIND GAME』の紹介でもあり
ゲストには原作漫画の作者ロビン西、製作会社の4℃から森本晃司が登場、
本編フィルムの一部(結構な分量)を上映しつつ作品の魅力を語った。
原作者の自伝的要素も含む、大阪を舞台にしたドラッギーな青春映画のようだ。
実写のコマ撮りなども取り込んだ実験的映像や、今田耕司や藤井隆ら吉本芸人の起用など
通常のアニメとは一線を画したエッジ感は、メジャーな子供アニメに携わってきた
これまでの湯浅政明のキャリアからは逸脱しているようにも見える。
ただ、個人的な感触としては、本人の飄々としたキャラクターの印象も手伝ってか
作者の人間性の歪みが作家性として評価されがちな日本の劇場アニメとは異なり
先鋭的な表現にもかかわらず普遍的な価値観を観客と共有できる映画になるのではないかと思えた。
『スチームボーイ』や『ハウルの動く城』よりも、何か新しい気配が画面から漂っているのだ。

ところでこの映画、せっかく吉本が関わっているのだから、
プロモーションとして『やりにげコージ』や『マシューTV』で取り上げてもいいのではないか。
質問タイムに聞いてみればよかったのだが後の祭であった。(04.06.27)


ビデオは借りなかったけど

久しぶりにレンタルビデオ屋に寄ったら『魁!!クロマティ高校』全5巻が並んでいた。
パッケージが往年のロック名盤のジャケットパロディになっている。
中でもVol.3とVol.5は大変素晴らしい。「解散一歩前編」って(笑)。
そんなわけで今、Vol.3の元ネタであるLITTLE FEET/SAILIN' SHOES('72)を聴いている。
後期のフィートはどんどん演奏技術が向上して、ビル・ペインとポール・バレールの
プログレッシヴな音楽性が前面に出てくるのだが(その路線も好きだけれど)
このアルバムではまだロウエル・ジョージの土臭さが中心にあって、
筋肉の強張りがいい案配にほぐされる。何より"Willin'"が収録されているのだから言うことなし。

夕食は松屋豚めし大盛りセット。
そういえば大戸屋の新メニューで豚丼が始まったが、
これは牛丼代替としてのすき焼き風の料理法ではなく、
「北海道風」に豚照焼きをご飯に載せ、白髪葱を添えたものになっていた。
「北海道風」とはいうものの、函館では見たことがないな。どうも帯広だか旭川だかの由来らしい。
なかなか食べ応えはあったが、私は松屋の豚めしもだんだん気に入ってきた。
脂の抜けた食感があっさりしていて飽きない。牛めしが復活しなくても別にいいや。(04.06.28)


山河萌ゆ

人とのメールのやりとりで萌えの話になって。
私はこんな風に書いた。

>萌えは関係性に宿るんですよ。
>オセロとか(なんでオセロやねん)

>オセロは松嶋がボケに開眼してからコンビの器が大きくなった。
>北陽はわりと好きだけど萌えはないなあ。物語が発生しないです。
>モーニング娘。で言えば、
>吉澤・矢口・藤本のヤンキー入った先輩達がつるんでるのを
>道重や亀井が憧れの目で見つめている、
>というのが萌えです。今考えた(笑)

>ある関係性から物語性を妄想するのが
>萌えの本質ではないかと思うのです。
>オセロで言うと、中島と松嶋は学生時代からの腐れ縁で
>松嶋の天然に中島は振り回され続けてきて
>自分は松嶋をフォローするしっかりものの保護者だと思っている。
>ところが実は中島のほうが、松嶋に強く依存してたりして。
>黒「あのなあ尚美ちゃん、もっと大人になってもらわんとやっとれんわ」
>白「ふふん、そんなこと言うて。私が大人になったらミッチョン寂しいやろ。
> なあ?なあ?」※松嶋は中島をミッチョンと呼ぶ。芳本美代子に当時似ていたらしい。
>黒「……」
>こんな感じ。って何者だ私は。

私にとっての萌えとはそういうものになっているのだが(そういうもの、じゃねぇよ!)
メールの相手は、限られたデータを元に人間像を妄想するのが萌えであるらしい。
つまり、仮想恋愛の対象として他者をプロファイリングする、
自分との関係性のもとに成立する萌えなのだ。
実はこちらのほうが健全な在り方ではないかと思えてきた。
ある関係性を外部から眺めて愛でるというのは、自分がそこに決して関わることのないという
第三者性を前提としており、主体的な関係性を結ぶことへの恐れを映しているのではないか。
これは現在のおたくジャンルにおけるソフト百合嗜好、
「同性愛未満の女の子同士の仲良しっぷりに萌える」という属性の背景でもあるだろう。
関係性への憧れと不能。ごきげんようとか言ってる場合ではないのだ。
…まあどっちみち妄想であることに変わりはないのだがな。


●武蔵野エサ箱日記
武蔵境の古書店にて購入。100円CD×2枚。

PRINCE/"BATMAN" MOTION PICTURE SOUNDTRACK('89) 
言わずと知れた全盛期の娯楽作。格好良い。

MFILISENI MAGUBANE/WOZA SIHAMBE('94)
セルロイドレーベルからリリースされた南アフリカのアーティストだが、情報がほとんどない。
2003年4月の新聞記事によると、彼は血みどろの部族対立の渦中に巻き込まれ、
自らの音楽によって命がけで流血を止めようとしたが失敗したという。
その9年前の本作でも、平和のメッセージが歌われているのかもしれないが
ズールー語(というのか)の内容が理解できるはずもない(英語訳もない)。
アフリカ音楽独特の、アコースティックギターの単音の爪弾きやトーキングドラム、
口琴、プログラミングが一体となった緩やかなリズムの反復に乗って
滔々と流れる豊かな歌声を、夏の空気とともに心地良く味わうばかりだ。


夕食は鶏肉・椎茸・大根・人参・サニーレタスで冷製パスタ。
細く切った椎茸を酒と醤油で煮染め、醤油・めんつゆ・酢・水・オリーヴ油・胡麻油・すり胡麻・胡椒・
柚子胡椒を混ぜたタレに、椎茸を煮汁ごと加える。
鶏肉を生姜の輪切りと青葱と一緒に茹で、火が半分くらい通ったら1.3mmのパスタも一緒に茹でる。
5分ほどでパスタが茹で上がったら流水で冷やし、肉を繊維に沿って裂く。
塩揉みして水分を絞った大根と人参の細切り、ちぎったサニーレタスと一緒にタレに絡めて完成。
ミョウガとかつおぶしを載せた冷奴を添えて。いかにもな夏の味覚。一年中食ってるが。 (04.06.29)



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