渡嘉敷島での農業について

渡嘉敷島では、おもに米、いも、などがつくられていますが、
ほとんどすべて、家庭菜園の域をでない小さな規模で、
現在、専業農家はいません。
(役場の村勢要覧には数名いることになっていますがまったくのうそです。だまされたー)
おもな農業従事者は60代以上の高齢者で、
自給野菜と、那覇にいる子供たちにおくる野菜を栽培しています。
また、水稲(ひとめぼれ、チヨニシキ)も栽培されていますが、
耕起、植付け、収穫、乾燥などほとんどすべての作業を
農用地改善組合が請け負っています。
(オペレーターになる若い人材が絶対的に不足しているのも大きな問題です。)
組合員は40数名いるのですが、9割が70代です。
組合の建物の隣に福祉センターがあるので
吸収合併してくれないかなー、と某副組合長が言ってました。
ちなみにわたしです。
高齢化社会の先端をいく島の農業形態は、今後も
作業委託、福祉農業といった方向に進まざるをえないかも知れません。

しかし、別の見方をするならば、自分たちの食べるものくらいは
自分でつくるという姿勢はこれからの日本の農業に不可欠な要素かも
知れません。土地が狭くて大型機械の導入が難しい日本の現状を
考えるならば、ある意味、渡嘉敷島は日本の縮図のような気もします。
大々的に農業生産をしたり、産地形成を目指すより、自分たちの食べるものを
よりおいしく、より安全に、環境に負荷をかけない方法で栽培することは
自らの暮らしを豊かにしていく大きな1歩だと私は思います。


いずれにしても、渡嘉敷島は職業として農業をやっていくには
かなり不利な場所であることは間違いありません。
渡嘉敷島の農業にとってマイナス要因はたくさんありますが、
なかでも、立地条件、気象条件の二つが大きな障害であることは
明らかです。

立地条件は、小さな離島すべてに共通する問題です。
ただでさえ安い農産物を時間、経費をかけて船で出荷し、
ただでさえ高い農業資材を同じく時間、経費をかけて船で
仕入れなければなりません。

人口700人足らずの島には、充分な消費力も資材屋もないからです。
(わたしの母校東京都板橋区立加賀中学校の生徒数は800名あまりいました。)

それでも多くの他の離島は、共同で特定の作物を大量生産して出荷したり、
特産品を開発したりして、生き残りの道をさぐっていますが、
なかなか渡嘉敷島では難しいようです。
(特産品てのは、わざわざ開発するもんなのかねーと私は思うのですが・・・)

島にやってきて最初の頃は、なんでだろうととても不思議だったのですが、
時がたつにつれて、その理由が身にしみてわかるようになりました。
まず何と言っても、台風がすさまじい!最初の年に、港に停めてあった
我が家の軽トラックが横倒しになり、さらには返しの風でもとどうりに、
もちろんガラスはこなごな。信じられないようなことですが、本当のことです。
(あーあー、ただでさえ金がないのに・・・)
当然、畑にはなにも残りません。きれいに全滅。
台風なら沖縄全体が同じだと思いがちですが、
山ばかりの渡嘉敷では、山にあたった返しの風が地形によって
さらに強くなるということが頻繁におこります。
台風でうちの野菜が全滅した後、那覇にいってみたら
那覇ではなんの被害もなかった、なんてことがしょっちゅうです。
(どうせだったらみんな全滅しろよーと私は思ってしまいます。)
家のつくりを見ても、那覇と島ではだいぶ違います。
したがって、台風がやってくる夏のあいだは、
まともに野菜を作れません。


つぎにスゴイのが、冬の季節風。
まちがいなく内地に行く台風より強い風が吹きます
冬こそは稼がなければいけない沖縄で、この季節風は大きな問題です。
沖縄にビニールハウスが多いのは、保温するためではなく
風をふせぐためであることが多いのです。

この季節風対策なしでは、渡嘉敷島ではまともな野菜は
作れません。(5年間痛めつけられたので断言できます。)

以上のような悪条件のなか、島で農業を仕事としてやっていくためにはどうしたらいいか?
(島で農業をやろうとする酔狂なひとがいるならば、ですが。)
それは、近代農業が目指してきた<生産性>や<効率>を追求するのでなく、
また、かつて誰も手をつけていない特産品を探しもとめることでもありません。
(<生産性>や<効率>は求めようにも求められないことであり、また、
渡嘉敷島でつくれる特産品は、他の離島や地域でより有利に作れる
からです。過去に、モロヘイヤ、アロエなど、かなり早い時期から渡嘉敷島で
生産をはじめた作物がありましたが、瞬く間に産地がひろがり、コストの
かかる渡嘉敷島では営利生産されなくなりました。)
(でもこういうの役場のひととか、普及センターの人はすきなんだよねー。
人にすすめないで自分でやればいいのに。
と私はおもいます。)

では、この島の農業が目指すべき方向とはどこにあるのか。

それは、当たり前に人が食べる物を当たり前につくることにあります。
<生産性>や<効率>を追求せずにつくられた作物は、当たり前に
<うまい>のです。
かつての農家の庭先には鶏がいて、数頭の豚や牛を飼い、
たくさんの種類の作物を少しずつ栽培していました。
一見、<生産性>は低く、<効率>は悪く見えるかもしれませんが、
そこには、化学肥料や農薬漬けのまずい野菜や、狂牛病の牛肉などはなく、
かわりに安全でうまいものがあるのです。

もちろん、そのように、当たり前に人が食べる物を当たり前につくるならば、
当たり前に、自分で営業しなければなりません。
かつて、農家が<生産性>や<効率>を求めざるをえなかったのは、
そうしなければ農協(ひいては市場)がひきとってくれなかったからという点が大きかったと思われます。
しかし、この島には、もともとひきとってくれる農協などないのです。

営業の仕方によっては、産直をとるか、グリーンツーリズムのようなものに
するか、あるいはまた、農家レストランのようなものもありえるでしょう。
いずれにしろ、営業形態にあわせて、自分の農業のかたちをすこし変えれば
いいわけです。
基本は、当たり前に人が食べる物を当たり前につくること。

この島に住み、自分で育てたうまい野菜を食い、海人からもらった刺身を
食べていると、それだけで生きててよかったと思えるから不思議です。

もし、このように条件のきわめて悪い島で農業をやってみたいという人が
いましたらご連絡下さい。できる限りのお手伝いをさせて頂きます。

トタンで風除けしている
ジャガイモ畑
周囲を防風林で囲った
島の典型的な畑

渡嘉敷島のページ

トップページに戻る