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浄土真宗の仏事文例
ここでは、「浄土真宗の年賀欠礼の提案」についてご紹介します。
(次のテキストをクリックすると見たい情報へ移動します) 仏教用語には、少し難読な言葉の読み方もあります。そのような文字につきましては、「ふりがな」が表示されるようにしております。次の図のようにアンダラインのついた文字にカーソルを合わせますと「ふりがな」が表示されますのでご活用ください。
![]() [更新日:2004年11月13日]
年賀状自体を「肯定するか、否定するか」については別としまして、年賀欠礼の葉書は、「死を忌み嫌う意味合い」ではなく、身内を亡くされた方が、「新年おめでとうございます」という気持ちになれないため、前もってお知らせするものだと思います。
私は、浄土真宗の立場から、往生浄土は不幸なことではありませんので、「年賀状を欠礼すべき」ではなく、「年賀状を出す方向で考えるべき」と解釈します。
ただ、年賀状を出す側は浄土真宗でも、年賀状を受ける側は浄土真宗とは限りません。あちらを立てれば、こちらが立たずです。「どうしても年賀欠礼が必要だ」という人の立場も認めねばなりません。
そのような場合は、特に通夜、葬儀に来ていただけなかった方にだけ、賀状欠礼の葉書を出すようにしてはいかがでしょう。
「苦肉の」ではありますが、「年賀欠礼」で検索し、拙ホームページへたどり着かれた方へ、「世間に流されないひとつの策」として掲載いたしました。
年賀欠礼を受け取る側は、ご不幸を知らずに年賀状を出してしまう失礼を避けることができ、好ましいメッセージかも知れませんが、「なるほど、浄土真宗では必要なかったのですね」と認識を新たにしていただけたら幸いです。
( 無神論者のための年賀欠礼 拙ホームページ等を参考にされたサイトです ) 葬儀を出して初めて迎えるお正月の年賀状は「喪中」であることから遠慮するのが慣例のようですが、「喪に服する」という「忌中」や「喪中」の習慣も思想も仏教には存在しません。
仏教とは、「仏陀(釈尊、お釈迦さま)」の説かれた「教え」であり、全て生きている人々のために教えが説かれています。
この「忌中」や「喪中」とは、親族を亡くした悲嘆を癒し、日常生活に復帰するための「精神的な準備期間」を意図する反面、日本の古い宗教観から、「親族の死によりケガレたので、他人へケガレを伝染させないために身を慎む」という非仏教的な意図が含まれています。
仏教や浄土真宗の教義から推し量れば、故人は「悟りを開かれた阿弥陀如来さまと同質の仏さま」であり、故人を「不浄な者」とする「忌中」や「喪中」のケガレ観念は、道理に合わない痛ましいことになります。
そしてこのケガレ観念は、今日の日本社会において、部落差別や女性差別、また、障害者差別にも深く関わっています。
また「喪中」の表記は、主として年賀欠礼の挨拶文に用いられますが、これは「遺族はケガレているので年始の挨拶には来ないで」とも解釈できます。
さらに、故人の葬儀を仏教儀式(浄土真宗)にて執行されながら、年賀欠礼の挨拶状に「喪中」を引用されることはおかしなものです。
仏前にて故人の死を共に悲しみ、別れを惜しみ、深い共感、連帯感から遺族の心を様々な形で支えてくれた方々や僧侶などに対し、仏教(浄土真宗)の信仰とは縁のないことを世間に表明するようなものです。
「喪中、他界、永眠、天寿、天命」などは耳触りが良く、年賀欠礼の挨拶状に多用されがちですが、前述のように仏教的な用語ではありません。
近親者との別れた悲しみを踏まえ、お念仏(仏法)に遇えた慶びを挨拶に頂戴するほうが、御同朋(仏教徒)として嬉しく思います。
仏教徒(真宗門徒)であれば、その由緒を大切にされて、信仰にふさわしい表記を使用し、ご縁深い方々に故人の遺徳が偲ばれる年末、年始の挨拶状を差し上げてください。 ![]() 【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
この夏、父が浄土往生の素懐を遂げました
つきましては年末年始の ご挨拶を失礼させていただきます 本年はひとかたならぬ
ご厚情に預り厚くお礼申し上げます 明年も変わらぬご交誼の程お願い申し上げます 合掌
平成十五年十二月 年賀欠礼の文案 2
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
父が浄土往生の素懐を遂げ
はじめて迎える正月は、父を偲び 家族で静かに迎えたいと思いますので 新年のご挨拶を失礼させていただきます 尚、生前中にひとかたならぬご厚情を
いただきましたこと、厚く御礼申し上げます 時節柄、一層の御自愛の程、お念じ申し上げます 合掌
平成十五年十二月 年賀欠礼の文案 3
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
本年○月 長らく患っておりました
父が浄土往生の素懐を遂げました つきましては年頭のご挨拶を失礼させて
いただきますので、何卒ご了承くださいませ ご家族様におかれましては、幸い多き新年を
お迎えになりますよう心より念じあげます 合掌 平成十五年十二月 年賀欠礼の文案 4
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
○○が去る○月死去いたしました
つきましては誠に勝手ながら
新年のご挨拶をご失礼させていただきます 茲に本年のご芳情を厚く御礼申し上げ
明年も変わらぬご交誼の程お願い申し上げます 寒気厳しきおり、日々お大切に
お過ごしくださいますよう念じ上げます 合掌 平成十五年十二月 年賀欠礼の文案 5
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
新年のご挨拶を失礼させていただきます
〇月に父が死去し、はじめて迎える正月は
父を偲びつつ静かに迎えたいと思いますので 新年のご挨拶は失礼させていただきます 尚、本年中賜りましたご厚情を深謝申し上げ
明年も変わらぬご交誼の程お願い申し上げます 合掌 平成十五年十二月 年賀欠礼の文案 6
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
新年のご挨拶を失礼させていただきます
本年○月 父○○が往生の素懐を遂げました
茲に本年のご厚情を深謝いたしますとともに
明年も変わらぬご交誼の程お願い申し上げます 尚、時節柄くれぐれも
ご自愛くださいますようお念じ申し上げます 合掌 平成十五年十二月 年賀欠礼の文案 7
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
謹啓 師走に入り、何かとお忙しくお過ごしのことと存じます
さて、今年○○月○○日、母○○がお浄土へ往生いたしました もはや語ることもない母を見ていると
孝行のかけらもできなかったことが悔やまれてなりません 何気なく共に生活していた日々が
二度と帰ってこない貴重な時間であったとは まさに人生は一期一会であることを深く知らされました 残された私をはじめ遺族のものは
決意を新たに一層の聞法と仏恩報謝に尽くしたいと存じます 母への哀悼の意を表し
静かな年末年始を迎えたいと思っておりますので 年賀のご挨拶などは失礼させていただきます 合掌 平成十五年十二月 【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
今年も残すところあとわずかとなりました
お忙しくお過ごしのことと存じます さて、去る○月○日、父○○が、浄土に往生いたしました
生前中、ご高誼を賜りましたことを厚く感謝申し上げます 私たち家族にとっては、寂しい年でしたが
仏縁を深くする年でもありました ご一同様には、ご自愛のうえ、新しいお年を
お迎えくださいますよう念じ申し上げます 合掌 平成十五年十二月 【 ※ 例年通り、正月中に届くようにする 】
光明無量 寿命無量
昨年○月○日、夫○○は浄土へ往生いたしました 悲しさと寂しさはいまだ癒えませんが
夫と四十年間生活を共にしたなかで、お念仏のご縁に遇えて 生きる力を恵まれ、本当に有り難く思っております 新しい年を家族一同、力を合わせて歩んで参ります
今年もよろしくお導きくださいますようお願い申し上げます 合掌 平成十六年一月一日 【 ※ 寒中(寒入りから節分まで)に届くようにする 】
寒中お見舞い申し上げます
皆様にお世話になりました父○○が
昨年○月にお浄土に往生いたしました 姿の見えぬ寂しさはありますが、お念仏に生き抜いた父の生涯は
私たちに倶会一処の真実世界に遇えるよろこびを教えてくれました 本年も旧年に変わらぬご厚誼をお願い申し上げますとともに
皆様のご自愛の程を念じ申し上げます 合掌 平成十六年一月 寒中見舞い状の文案 2
【 ※ 寒中(寒入りから節分まで)に届くようにする 】
寒中お見舞い申し上げます
皆様にお世話になりました祖母 ○○ が
昨年の春にお浄土に往生いたしました 私たち家族にとっては、寂しい年でしたが
仏縁を深くする年でもありました お念仏に生き抜いた祖母の生涯は、私たちに
倶会一処の真実世界に遇える慶びを教えてくれました 祖母と生活を共にした中で、お念仏のご縁に遇え
生きる力に恵まれ、本当に有り難く思っております ご縁深き皆様におかれましては、本年も
旧年に変わらぬご厚誼をお願い申し上げますとともに 皆様のご自愛の程をお念じ申し上げます 合掌 平成十六年一月 |
原本作成日: 2001年9月28日; 更新日: 2004年11月13日; (C) Copyright 2003 浄土真宗 本願寺派 (西本願寺・お西) 河久保道場 All rights reserved. 問い合わせは |