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慶事の仏事挨拶例
ここでは、「慶事の仏事挨拶例」についてご紹介します。
(次のテキストをクリックすると見たい情報へ移動します) 仏教用語には、少し難読な言葉の読み方もあります。そのような文字につきましては、「ふりがな」が表示されるようにしております。次の図のようにアンダラインのついた文字にカーソルを合わせますと「ふりがな」が表示されますのでご活用ください。
![]() [更新日:2004年11月13日]
◇ 仏教徒としての真価が問われます。
慶事の挨拶時に「祈念して」とか「祈って」など、「祈る」という言葉が多用されますが、どの宗教においても使える言葉ではありません。
私たちの浄土真宗とは、現世利益を大切にして、人々の幸福を神仏に「祈る」宗教ではありません。逆に、浄土真宗は、「祈らない宗教である」と言われております。
それは、親鸞聖人(浄土真宗の宗祖)が、「現世利益を必要としない生き方」を示してくださっておられるからであります。
つまり、私たちが「お祈り」や「お願い」をする前に、すでに阿弥陀如来さまの方から、「私たちへ救いのはたらきをされ続けておられる」ということであります。
ですから、浄土真宗のご門徒の方は、「迷信」や「慰霊」、「鎮魂」、「現世利益」、「現世祈祷」など、そのような気持ちに惑わされない生き方ができるため、神仏に対して「願い求める(祈願請求)=祈る」必要はありません。
つまり、祈る必要の無い「阿弥陀如来さまの大いなる救い」を慶ばせていただくのが、浄土真宗の教義でありますから、「自力」の依頼心が入る「祈りのこころ」はなじまないのであります。
ましてや、阿弥陀如来さまの「私たちを救わずにはおらない」という誓いを前にしますと、「私たちの祈りは、自分勝手なものであり、迷いそのものの現れである」と反省せざるを得ません。
このようなことから、浄土真宗では「祈る」という言葉自体を、とても気を付けて使わないようにしてきた経緯があります。
たとえば、乾杯の挨拶時の「みなさまのご健勝を祈って乾杯」などと言うときにおいても、「祈念して」とか「祈って」という言葉を『念じて』とか『願って』、『期待して』などという言葉に置き換えて使用してきております。
しかし、「祈る」を「念じる」に置き換えたところで、その意味合いは「同じことではないか」と思われるかもしれません。
ところが、「祈る」を「念じるに置き換える」という思いには、「私は神仏に現世の祈りをしているのではなく、私の希望を述べているのです」という浄土真宗の門徒としての「自戒の思いが込められている」のであります。
私たち浄土真宗の門徒は、「そのような心を大切にしなければならない」と思っております。
ただ、「祈り」は、宗教上の重要な行為であることには間違いありません。また、他の宗教や他の宗派の人々の行為を否定するつもりもありません。
浄土真宗の門徒は、その信心の上から「祈る」という言葉を消化し、浄土真宗の姿勢で、異宗教の集まりなどの「祈りの場」に望むべきでありましょう。 ○○さん、○○ちゃん、
結婚おめでとうございます。 ○○ちゃんが誕生したのは、確か春、桜の頃でしたね。
初孫の誕生に、
おじいちゃん、おばあちゃんが 手放しで喜んでいた姿を今でも思い出します。 あの赤ちゃんが、
こうして今日晴れて結婚式、感激もひとしおです。 叔父さんは、
お寺の次男坊として生まれながら、 仏教のことは、あまり勉強していません。 しかし、近ごろつくづく感じることは、
「おかげさま」と「ありがとう」の言葉が素直に言えるということは、 「お寺に育ったおかげではないか」と、感じるようになりました。 年を重ねてくると、この「おかげさま」の意味も、
目の前にいて、私のために努力してくれた人だけではなく、 私の知らないところで、 この私のために色々と働いていただいた多くの方々があって、 その方々は、口には出さず、だまって見守っていてくださることを 少しずつ感じられるようになって来たことです。 「ありがとうございます」と、
お礼を言わねばならない人は、たくさんいらっしゃるのに、 そのほんの一握りしか、私は気づいていないのではないか。 今日お二人は、今一番幸せな時でしょうが、
これまでにも、そして、これからも、 お二人のために、蔭になり、日なたになって、 多くの方々が支えていただいていることを そして今、共に喜んでいただいていることを感じ、 味わっていただきたいと思います。 やさしい言葉をかけてくださる方も、
厳しい言葉をいただく方も、 だまって無関心をよそおっていただいている方も、 みんな、お二人のことを思い、 お二人の幸せのために努力いただいている方だと感じて、 「おかげさまで」と「ありがとうございます」を 素直に言える人生を歩んでいただきたいと思います。 どうしても素直に言えないときもありますが、
そんな時には、お仏壇の前で、 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と言うことが、出来ようであれば、 きっとみなさんにかわいがられる、すばらしい生活が待っていると思います。 二人だけの世界に閉じこもらず、
多くの人に支えられていることが、 感じられる人生を送っていただくことを希望し、お祝いの言葉とします。 本日は、どうもおめでとうございました。
そして、みなさま、本当にありがとうございました。 これからも、二人のことをよろしくお願いします。
( この引用テキストは 浄土真宗 本願寺派 妙念寺 さまより ) めでたく婚儀を挙げられますこと、心からお喜び申し上げます。
お互い多くの男女の中から、深い因緑によって結ばれ、
新しい人生の門出をされますことは、誠に尊いことです。 結婚は、力強く生きようとする人生の源となります。
家庭は、人生に対する責務を果たすべき厳粛な場であり、
心の憩いの場となります。 激しく揺れ動く今の世の中は、不安と不満に満ちています。
このような時代であればこそ、生活していく難しさをかみ締め、
2人が手をつなぎ合って乗り越えていくことは大きな力になります。 しかし、2人の心がひとつでなければ力にはなりません。
お互いに敬い合い、信頼と愛情にあふれ、
支え合って生きていくことができたならば、 素晴らしい結婚、家庭、人生と言えるでしょう。 婚儀を挙げるに当たり、受け難い命をこの世に受け、
ご両親の力強い愛情に育まれ、数限りない人たちの願いに支えられ、 立派に成長されたことを忘れてはなりません。 「親に勝る師はない」と申します。
あなたのご両親は、生活に苦しんでいる時も、 一途に仕事に打ち込んでいる時も、そこに信頼と愛情で支え合い、 この人生を感謝の思いで受け止めておられます。 そんなご両親のみ心には、
千辛万苦の中、父母の孝養に尽くされた慈愛の心が 人生を荘厳するみ心に継承されておられます。 あなた方も、決して崩れることのない安らぎを与えてくださる
ご両親のように美しく、喜びに燃えた人生を生き抜いてください。 そして、希望と感謝の新家庭生活に導かれた因緑の尊さや、
受け難い人の世に命が恵まれた喜びを子孫に継承されることを願います。 また、結婚の感動と歓喜を胸に刻み、
いつまでも相互に尊敬し合っていくためには、 人生を荘厳していく者としての礼拝恭敬の心や、 先祖の遺徳を敬慕する心が培われる合掌の日暮らしを大切にしてください。 本日の念珠には、「安らぎの心」と、
互いに助け合って生きていく「調和の心」をあらわしています。 ご両親と共に、お互いの「理解」と「尊敬」と「責任」のもとに
生きることを仏祖に奉告し、力強く一歩を踏み出してください。 そして、この念珠を大切にし、
共に拝み合う心を持ち、感謝に満ちた 幸福な家庭を整えてくださるよう心から希望します。 本日は、どうもおめでとうございました。
そして、みなさま、本当にありがとうございました。 これからも、二人のことをよろしくお願いします。 本日の結婚奉告、まことにおめでとうございます。
ご参拝のみなさまも、
結婚のころを思い出し、ご縁をよろこび、 報恩感謝のお気持ちを大切にされたのではないかと思います。 先ほど新郎新婦は、
阿弥陀さまの前で夫婦の誓いを述べ、 共に人生を歩いていく決意を新たにされました。 仏前結婚式は、世間ではあまり知られておらず、
知っていても習慣にとらわれて実現できないのが現状です。 習俗や慣習に流されがちな社会生活において
阿弥陀如来の尊前で結婚式を挙げることは、 お二人にとって誠に意義深く、 今日のよろこびをより大きいものに、 また、一生涯心に残る美しい思い出となることでしょう。 深いご縁によって阿弥陀さまの教えを聞いて生活している中で、
流行に流されずに、新婦と人生の歩みを共にする自信に満ちた新郎の姿に、 この度の仏前結婚式のすばらしさを感じました。 み仏の慈悲と仏縁に感謝して、
お二人の末永いお幸せを念じてやみません。 次世代を継ぐ念仏者としての
責務を自覚し、お互いに支え合い、 心を一つにして頑張っていただきたいと思います。 ○
お二人に願いがあるように、仏さまにも大きな願いがあります
「えっ」と、お思いでしょうが、本当です
その願いに耳を傾けると幸せになれます
浄土真宗でもっとも大切にしてることは、その願いを聞くと言うことです
そして、いつでも、南無阿弥陀仏の救いの中に生かされていることを喜び、感謝いたしたいものです。
○
そして、本山へ結婚奉告させていただき、2人で帰敬式を受け、浄土真宗のみ教えを聞く者としての自覚を新たにしました。
仏祖の前で手を合わせた瞬間、家族やこれまで出会った人たちの顔が思い浮かびました。
皆きまのおかげで今の私がいる。新しい家族と「おかげさま」の気持ちで、お念仏とともに生かされるよろこびを感じました。
これからの人生、手と手を合わせるぬくもりを大切に、お互い支え合って生きていきたいです。
仏教に対する間違った先入観や
寺に対する偏見を取り除いて、お念仏のみ教えに遇っていただき、 仏法を主とした人生を歩いていただくためにも、 仏前結婚式を広めていきたいと思います。 ○
私たちがこの世に人間として誕生したということは、両親の二つの生命があったからこそ、生まれることができたのであります。
その両親の生命は、それぞれの両親の生命を受け継ぎ、そのまた前の両親の生命を受け継いでいるのです。
私たちの今ある生命は、父母の二つの生命、祖父母の四つの生命、尊祖父母の八つの生命、遡って10代前で1,024人の生命があったことになります。
こんなにも多くの生命をいただき、祖父母、父母と受け継ぎされながら、今私たちの一人一人の生命があるのです。
私たちが今生きているということは、ご先祖を代表し、祖父母、親を代表して生きているのです。
如何に生きるか、どう生きなければならないか、私たちは、自分で決めて、実行し努力しなければなりません。
○
これからも、二人のことをよろしくお願いします。 |
原本作成日: 2001年9月28日; 更新日: 2004年11月13日; (C) Copyright 2003 浄土真宗 本願寺派 (西本願寺・お西) 河久保道場 All rights reserved. 問い合わせは |