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だまされない極意1
ここでは、「だまされない極意」についてご紹介します。
(次のテキストをクリックすると見たい情報へ移動します) このページは、立命館大学 国際平和ミュージアム館長 安斎育郎教授のご厚意により、許可を得て、掲載させていただいております。
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( 安斎教授の 著書 ご紹介 )
![]() [更新日:2004年11月13日]
このページは、立命館大学 国際平和ミュージアム館長 安斎育郎教授のご厚意により、許可を得て、掲載させていただいております。
安斎教授は、「人がいかに騙されやすく、迷いやすい存在であるか」ということを「科学の立場から」明らかにされています。
また、安斎教授は、「科学の立場から見ますと、浄土真宗の教義が、最もなじみやすい」とも、おっしゃってくださいます。
それは、非科学的な妄想に惑わされ、束縛されがちな人生から、解放されることのできる教えが「仏教」であり「浄土真宗のみ教え」だからではないでしょうか。
浄土真宗の宗祖、親鸞聖人は、「かなしきかなや道俗の、良時・吉日えらばしめ、天神・地祇をあがめつつ、卜占祭祀つとめとす」として、七百年以上も前に「占いや、迷信の類いに惑わされることのないように」と、述べられておられます。
本ページの「だまされない極意」は、非科学的なものにとらわれ、生きる道を失いかねない現代人への警鐘となるものであり、浄土真宗の要でもあるかと思われます。
ご縁深い皆様、是非、ご一読いただけますようお願い致します。 ◇ 神の化身の巻
私(安斎教授)は、中学1年から手品を趣味にしており、東京大学の学生時代には「奇術愛好会」の第三代会長だった。
だから、「教祖」と言われる人々がインチキ超能力を演出しても、そのカラクリを見破る能力は、それなりに高いと自負している。
最近、牧まさお(パンタ笛吹)さんが、『裸のサイババ、ぼくたちの外側に神をみる時代は終わった』(ヴォイス 出版社)という本を書いた。
スリ・サティア・サイ・ババ(以下、サイババ)と言えば、「神の化身」と言われるインドの聖者で、世界中に何百万人という信者をもつ教団の教祖として崇め奉られている存在だ。
牧まさおさんから、本の刊行途上で電話があった。
「サイババの超能力の舞台裏や、幼児虐待の実態を徹底的に暴く本を刊行するのだが、教団側からの反撃の可能性についてどう思うか」
そんな相談だった。
牧まさおさんは、私(安斎教授)の監訳で、かもがわ出版から刊行された『検証・サイババの奇蹟』を読んでいたので、この本に教団側からの反撃があったかどうかを知りたかったのだ。
ちなみに、私(安斎教授)は、日本の超常現象科学調査委員会にあたる「ジャパン・スケプティクス(超自然現象を批判的・科学的に究明する会)」の会長を務めており、その機関誌上でも、サイババの奇跡を暴く記事を書いたりしていた。
私(安斎教授)は、牧さんに「事実に基づいて検証するという原則を大事にして遠慮なく暴くがよい」と進言した。
『検証・サイババの奇蹟』は、すさまじい本だ。「聖者サイババ」のイメージは、あっという間に「性邪サイババ」に転落する。
「クンダリーニのエネルギーを調整する」などと称してオーラルセックスや、肛門性交を強要するのだが、性的虐待を受けた犠牲者は16カ国約200人に上るというから尋常ではない。
この本の記述は、徹頭徹尾、体験者による具体的な証言によって構成されているから、説得力はこれ以上望めないくらい大きい。
また、聖なる灰「ビブーティ」や、ネックレス、時計を空中から取り出す「物質化現象」の技も、間近にいた人々が、掌中や、ハンカチ、椅子にタネを隠すインチキを徹底的に目撃して証言しているから、それらが見え透いた下手くそな手品に過ぎないことは疑う余地がない。
それは、私(安斎教授)がサイババの詐術について、持っていた確信をいっそう確かなものにしてくれるものだった。
では、なぜ、信徒たちはサイババの「やりたい放題」を長い間黙認してきたのか?
落ち着いて考えれば「性的虐待以外の何物でもない」と思われることでも、「釈迦や、キリストをこの世に送ってきた『神の化身』であるサイババ」が「霊的成長のために必要なのだ」と託宣すれば、信者にとっては絶対のものに感じられた。
タネが見え見えの「物質化現象」も、「信仰心の深さをテストするために(サイババが)意図的に手品のように見せかけた」ものと解釈された。
◇ 霊能者暗躍の巻
岐阜県下の町営住宅で怪奇現象が起きた。
ガラス瓶が転がるような音、ノコギリで切るような音、金づちでたたくような音などに加えて、食器戸棚が開いて皿や、茶碗が飛ぶ、シャワーや水道から勝手に水が出る、テレビのチャンネルが勝手に変わるなどの現象が見られた。
また、「階段で女が座っていた」、「自転車置き場で知らない女を見た」、「4階に見知らぬ男が立っていた」などの噂が「幽霊話」に発展していった。
さらに、「深夜、コンセントが入っていないドライヤーから熱風が出ていた」という証言も現れた。ついには自治会長まで、「夜、部屋のカーテンがスーッと自然に開いた」と言い出した。
このアパートは「呪いの館」なのか。
この種の問題を考える場合には、いくつかの原則的な手立てがある。まずは、それらの現象が事実なのかどうかを徹底的に検証することである。
人間には、下記の事がつきもので、証言のすべてが事実とは限らないのだ。
(1) 錯誤 ( まちがい、あやまり )
(2) 幻覚 ( 現実にない対象が、あたかも存在するように知覚されること ) (3) ウソ UFO目撃例の95%余りは見間違いだし、知覚神経系に異常があると、「ありもしないものをあると感じる」幻覚も起こる。
ウソは「虹の観察による地震予知」でも見られた。
新田次郎の『虹の人』で知られる丹後のM氏は、1日前の消印をもつ自分宛の葉書を取り出して文面を消し、今朝の地震情報を書き込み、「右のとおり予言する」と書き加えた上で、近所の知人のアドレスを書いて自ら配達に行った。
受け取った知人は、昨日の消印の葉書に今朝の地震情報が書いてあるから「予知だ」と思い込むという他愛のないトリックだった。
名誉欲しさの「愉快犯」の仕業だったのだ。
ある京大教授は、M虹を撮影しようと1年間撮り続けたが、学問的に価値のあるものは何も写らなかった。
1986年には、ウクライナ(ロシア)の13歳の少年の周辺で怪奇現象が起こった。
電球が破裂したり、ビンが破裂したり、靴が片方だけ廊下を突っ切って窓から飛び出したり、戸棚が跳ね上がって倒れたり、洗濯機が引っ繰り返ったりした。
「イズヴェスチャ」紙(ロシア最大の新聞)は、「罵り合いをやめ、真相解明に乗り出そう」と提言した。
その結果判明したことは「少年の悪戯」だった。
岐阜の事件(町営住宅での怪奇現象)の証言は、一つひとつ事実に即して子細に検証される必要がある。
ウォーターハンマー現象とは、水道管内が急激に閉口されることで、勢いの強い水がバブル全体に衝突し、水道管内に圧力変動による歪みが発生する現象。不快な音を発生します。
しかし、コンセントに差し込んでいないドライヤーが勝手に回るのは、これでは説明しにくい。
悪気のない事実誤認、勘違い、見間違いなどの錯誤がなかったかどうかを徹底的に調査することが不可欠だろう。
錯誤 = まちがい、あやまり
岐阜のアパートには、多数の霊能者が訪れ、「30年前に自殺した女性の祟り」という非科学的な解釈まで現れた。
ところが、面白いことに、お祓いしたら「怪奇現象が収束に向かった」というのだ。「非合理には非合理が効く」ことは、私(安斎教授)も「こっくりさん悪霊事件」で経験したところだ。
こっくりさんの「悪霊」に取り憑かれて、奇行に走った中学生には、伏見稲荷のお祓いが効いた。
しかし、お祓いだけではダメである。事態の本質が解明されていないから、再発の可能性がある。
やはり、「怪奇現象」の正体を解明し、禍根を絶つことが本筋だ。
禍根 = わざわいの起こるもと ◇ 歴史学会騒然の巻
東北旧石器文化研究所の藤村新一副理事長は、「神の手」を持つと評された考古学界の神業師だった。
「彼が来ると砂ぼこりが舞い、石器が顔を出す」と噂されるほど、まるで「神風を呼ぶ男」そのもので、「旧石器考古学界の救世主」的存在だった。
だが、それが「ウソ」だったというのだ。
北海道の総進不動坂遺跡(2000年9月発掘)や、宮城県の上高森遺跡(2000年10月発掘)で、自ら密かに埋めておいた石器を掘り出して見せるパフォーマンス(演技)を演じていたというのだ。
記者会見の席上、当人(藤村氏)は「やってはいけないことをやってしまった訳です。ホントにあのー『魔が差した』っていうことです」と、か細い声で述べたが、影響は余りにも深刻だった。
藤村氏の学術的詐欺行為は、日本の考古学界の危うい体質を白日の下にさらし、どこまでがホントで、どこからがウソかを分からなくし、学界全体を混沌の奈落に突き落としてしまった感がある。
藤村氏が自ら告白したのは、二つの遺跡だが、1度でも詐術を用いたとなれば、藤村氏がかかわったすべての発掘が疑惑に包まれるのは当然だ。
実際、例えば、1987年、東京・多摩ニュータウンの前期旧石器の発掘にも疑惑が指摘されているのだ。
5月8日に最初の石器が発見されたが、その場所は、一足先に仙台に帰った藤村氏が電話で「あそこは出そうだから行ってみたら」と指示したものだった。
出土した13点の前期旧石器の素材は「流紋岩」だったが、この岩石は南関東ではまったく一般性がなく、東北地方ではよく見られる素材なのだ。
原理的には、狩猟のために東北から原人が移動したあかしと考えられなくはないが、「ちょっと遠すぎやしないか」という疑問は拭い難い。
こうした事件が過去になかったわけではない。
今から93年前の1908年、イギリスのアマチュア考古学研究者チャールズ・ドーソンは、サセックス州のピルトダウンで原始人類の頭骨の断片を発見した。
それから7年間ほどの間にドーソンとその仲間たちは次から次へと貴重な骨片を発見し、ついには「ピルトダウン人」発見の栄誉を担うことになった。
この発見は、一時は「洪積世初期の化石人類の発見」と見なされたが、実は、発見から40年以上も経って、問題の骨片は「現代人とオランウータンの下顎骨などを組み合わせて捏造した真っ赤な偽物」だったことが判明したのだ。
藤村氏には、どのようにして「魔が差した」のだろうか。
計測機器メーカーに勤務しながら、遺跡の発掘に従事していた藤村氏は、考古学者としての専門的な教育を受けて研究者に育った人ではない。
そのことが、もしかすると、名誉心の方を学問的良心に優先させて恥じないような、真理に相対する厳粛なモラル(道徳、倫理)を欠落した人間に育ったことと関係があるかも知れない。
しかし、必ずしも専門教育を受けないままに考古学にかかわり、粛々 と遺跡の発掘作業に従事している人も少なくないから、これはある種、藤村氏に固有の要因が色濃く作用していたと言うべきだろう。
ピルトダウン人の骨を捏造したイギリスのチャールズ・ドーソンも市井のアマチュア研究者だったが、少なくとも、発掘に従事する人間には、アマチュアであれプロであれ、事実を捏造することのもつ重大な意味をたたき込むプロセスを通過させることが不可欠だろう。
それには、学問としての考古学を真っ当に育てようとする学界関係者と国の真摯な取り組みが不可欠であり、東北旧石器文化研究所のように、極めてわずかな資金しか調達できないような民間機関に重要な発掘作業を委ねなければならないような貧困極まりない体制を改めなければならないだろう。
今回の事件は、日本の貧弱な文化政策を告発したものと言えなくもない。 ◇ 信憑性の演出の巻
UFOは、昔から、人間の宇宙への夢、宇宙人に対する想像力をかき立ててきた。
UFOは、Unidentified Flying Object(未確認飛行物体)の頭文字をとったもので、「宇宙人の乗り物」という意味は含まれていない。
「正体不明の飛んでいるもの」というのが本来の意味である。だから、UFO(未確認飛行物体)はたくさんいる。
レーダーに正体不明の飛行物体が映ったとき、調査をして「渡り鳥の大群」というように原因が分かれば、その瞬間にUFOは、IFO(Identified Flying Object = 確認飛行物体)になって一件落着する。
しかし、そのような調査をする条件がなければ、その物体は記録上はUFOとして残ることになる。
UFOは、宇宙人の乗り物だろうか。
アメリカ空軍が1万7千件余リのUFO目撃例を追跡調査したところ、95%余りが「見間違い」、2〜3%が「幻覚」、1%程度が「ウソ」で、「見間違い」や「幻覚」や「ウソ」で片付けられない目撃例はごくわずかだったという。
一番多いのは「見間違い」で、人工衛星、流星、着陸待機中の飛行機など、空中を飛ぶいろいろなものがUFOと見間違えられる。
中には、夕まぐれに風をはらんで飛んでいるゴミ袋をUFOと見間違えた例もあったほどだから、人間、何をUFOに見間違えるか分かったものではない。
「幻覚」は、人間が感覚異常を起こすような苛酷な肉体的、精神的条件下に置かれた場合や、脳腫瘍などの異常がある場合などに起こる。
UFOと交信できると主張する京都の高校生がいたが、健康診断の結果、初期の脳腫瘍が発見され、切除したところ、UFOとの交信ができなくなった。
人の世につきものの「ウソ」は、UFO目撃例でも健在で、中には写真付きのウソもある。「アダムスキーの円盤」や「マイヤーの円盤」はとくに有名で、信じる人々を中心とするファンクラブまでできた。
しかし、写真解析技術が進んで、写真によるウソはつきにくくなった。被写体が直径20センチなんていうことが分かってしまうのだ。
そんな小さくては、宇宙人は乗れないだろう。
今やテレビや、映画で活躍しているある女優も、その昔、所属事務所が演出したUFO目撃騒動に一役買い、スケッチまで描いて見せた。
では、まじめなUFO目撃例は、本物の「宇宙人の乗り物」を目撃したのだろうか。
フランク・ドレイク博士らの評価によると、わが太陽と同じような恒星が2千億個も集まっている銀河系宇宙で、地球人類と比肩できるほどの高度の文明をもつ星の数は多くて8万個程度。
これを約40兆立方光年の銀河系字宙にちりばめてみると、隣り合う宇宙人星どうしの距離は約8百光年。
光の速さではロケットは飛べないから、仮に光の速さの10分の1の超高速ロケットを作っても、隣の宇宙人星まで行くのに8千年、タッチして帰って来るのにまた8千年、往復1万6千年かかる。ちょっと宇宙人が気軽に旅するには遠すぎる。
だから、まじめな宇宙科学者の圧倒的大部分は、地球上で目撃されているUFOなるものの正体が「宇宙人の乗り物」だとは信じていない。
しかし、勘違いしてはならない。
地球上で目撃されているUFOが「宇宙人の乗り物」でないとしても、宇宙科学者が「宇宙人はいない」と考えているわけではない。
宇宙の進化の過程で現れたこの地球という天体の上に「人類」という名の宇宙人が現に住んでいる以上、他の天体にも宇宙人がいても不思議はないのだ。
今日、この瞬間にも、直径3百メートルものパラボラアンテナが宇宙から来る電波を観測しており、まじめな字宙人探しが世界中で続いている。
「地球外生命(ET)との遭遇」は、21世紀の楽しみの一つだ。 ◇ まさかまさかの巻
テーブル上のグラスに手品師がワインを注ぎ、数メートル離れてテーブルの方を指さし、まじないをかける。
すると、おや不思議、ワインが蒸発して白煙が立ち上るではないか。
これは、昔、東京アマチュア・マジシャンズ・クラブの発表会で見た舞台奇術だ。
タネあかしは、テーブルにマイクロ波発振器が仕掛けてあり、そのスイッチを数メートル離れた床上のフット・スイッチ(足踏みスイッチ)で「オン(入り)・オフ(切り)」している、いわば「電子レンジ・マジック」だ。
21世紀には、マイクロ波発振器を埋め込んだ道路上を車が走ったり、地球外軌道に組み上げた500万キロワット級の巨大太陽電池で発電した電気エネルギーをマイクロ波で地上に送ったりする技術の開発が進むから、前述のマジックはある意味で時代先取り型の手品ではあるが、手品の重要な要素である「手練の早業」を必要としない分、ちょっと面白味には欠ける。
でも、手品の仕掛けが時代とともに変わる典型的な例ではある。
一人の女性が霊能者の館を訪れた。
受付で、「ただ今、教祖は別の方のご相談に乗っておりますので、少々お待ち下さい」と告げられ、家庭環境、夫の職業、家族の近況等、相談内容について問診を受けた。
小一時間も待たされたころ、「お待たせしました。教祖のお体が空きました。2階の聖殿の方へどうぞ」と告げられる。
導かれて聖殿に入った途端、独特のカリスマ性を漂わせた長髪の教祖が、大声で、「ご子息の素行の件でお見えですね」とずばり来意を言い当てた。
すっかり度肝を抜かれたところに、次から次へと家庭の実態を言い当てられ、ただただひれ伏すばかり。
すっかり魅了されて、すぐさま家に帰り、タンスからなけなしの80万円を取り出して教団にとって返した。
まことに不思議な話に聞こえるが、実際には、受付での問診の一部始終が、無線で2階の教祖の耳に差し込まれたマイクロ受信機に送信されていただけの話だ。
IT(情報技術)時代には、電子機器産業は新興教団の教祖も顧客にしているのだ。
大岡信氏は『ぐびじん草』(世界文化社、1996年)所収の「情報化社会の生き方」の中で、次のように書いた。
「一般人の知識の範囲では、その真実性も、インチキ性も、皆目判定がつかない要素をもっているという点で、まことに逆説的なことだが、妖術と、ハイ・テクノロジー(高度科学技術、先端技術)とは共通しているのである。
頭のいい悪党なら、この領域(妖術)はいくらでも開拓できる宝の山だろう。 こういう事態が、いわゆる先進文明国を自称する資本主義先進国では、多かれ少なかれ進行しつつある。 合理主義の最尖端と、非合理主義の最尖端が、魅入られたように相互に惹き合い、野合さえするシーンが生じている」 まことにその通りだろう。
目隠しをしたマジシャンが舞台上の椅子に後ろ向きに座り、
「どなたでも結構ですが、立ち上がって何かお好きなものを手に持って高く上げて下さい。私が透視術で当ててご覧に入れましょう」と言う。
観客がその通りやると、百発百中だ。なんと!
しかし、もうタネは推定できるだろう。
明け透けに何もかもタネ明かしをするのは、芸がないからこれ以上は説明しないが、IT(情報技術)時代には何の造作もないマジックだ。
21世紀には「超能力」を演出することはますます容易になる。
だから、それにだまされないためには、非合理にやすやすと心とらわれない旺盛な批判的精神が不可欠だ。
私(安斎教授)は、「ジャパン・スケプティクス」という団体の会長を務めているが、スケプティクスとはもともと「懐疑論者」を意味するので、私(安斎教授)は「日本疑い深い人連盟会長」ということになる。
しかし、21世紀には「スケプティクス(懐疑論者)」の批判的精神がますます重要になるだろう。 |
原本作成日: 2001年09月28日; 更新日: 2004年11月13日; (C) Copyright 2003 浄土真宗 本願寺派 (西本願寺・お西) 河久保道場 All rights reserved. 問い合わせは |