「登録文化財」上野啓文堂

[登録有形文化財」申請書類/建造物調査書     福井工業大学講師・工学博士
                                             市川秀和
1.建築データ
 建築名称:多田邸(旧上野啓文堂)
 所 在 地 :石川県七尾市一本杉町32番地の1
 所 有 者 :多田弘子
 建築構造:木構造(看板建築・瓦葺き)
 階   高:2階建
 延床面積:153u(1階:96u、2階57u)
 建 造 年 :昭和7年頃
2.建設経緯と啓文堂の歩み
 昭和 7年(1932)頃、金沢で万年筆の修業を終えた上野啓が、「啓文堂」と名付けた
            万年筆専門・文具店を創業して、現在の建物が完成する。
 昭和12年(1937)上野啓が急死し、その後は妻きみが商いを続ける。
            戦時中は、出征する多くの学徒が万年筆を買い求めたという。
 昭和37年(1962)万年筆専門・文具店を閉業し、1階部分が新聞販売店として5年間ほど
            貸し出された。
 平成 6年(1994) 5月〜7年3月まで、1階部分が銀行店舗として貸し出された。
 平成 7年(1995)10月に上野きみが死去し、空き家となる。

 現在は、遺族によって維持管理されながら、借家として使用されている。

3.現在の保存状態
  現在の多田邸(旧上野啓文堂)を最も特徴づける正面外観は、若干のひび割れや色褪せ等 が確認されるものの、保存状態は比較的良好であって、昭和7年頃の建設当時の様子を正確に伝え残していると言えよう。また1階の旧店舗が全て改装され、1階和室の床土台や2階の和室天井等に老巧化が見られるが、建物全体について大きな問題は無い。

4.保存経緯(一本杉通りのまちづくりから)
  多田邸(旧上野啓文堂)の「登録有形文化財」申請に当たっては、これまで10年以上にわたる一本杉町の独自なまちづくりを発端としている。七尾市内を東西に貫く歴史街道の中核に位置して、由緒ある老舗商家が最も数多く建ち並ぶ通りである一本杉町は、伝統文化に根ざし風情ある町並みを後世に伝え残すことに誇りと責任を持つとともに、新たな芸術文化や生活文化が息づく現代性も積極的に取り入れることを目的として、「アートとのれんの街」を全体イメージに掲げ、 「癒しともてなし」による様々なまちづくりの実践活動に努めてきた。その具体的な活動概要をまとめたものが、下表である。
  このような一本杉町のまちづくりhの経緯から今後の進展に向けて、町固有の貴重な老舗建造物や近代建築の保存活用と、歴史的町並みの景観向上かつ形成のために、これまで親しまれ続けてきた多田邸(旧上野啓文堂)を「登録有形文化財」へ申請するに到った。
<アートとのれんの街 一本杉通り> まちづくりの歩み
平成5〜6年(’93〜’94)
<暖簾の街>のイメージ形成
能登七尾で最も歴史のある通りにおいて、老舗の伝統文化を伝え守り、町並みの魅力を向上させることを目的として、商業活性化推進事業のテーマに「暖簾の街」を掲げて、独自なまちづくりに着手した。
平成7〜9年(’95〜’97)
<アートの街>の取り組み
連続企画「七尾国際石彫
シンポジュウム」
「七尾国際石彫シンポジュウム」を3年連続にわたって企画開催した。町の通りをストリート会場として国内外の彫刻家による制作実践を通した「石彫のあるプロムナードづくり」を試みた、また「景観シンポジウム」「街角シンポジュウム」なども開催して、アートの息づく個性的なまちづくりについて討議した。
平成10年(’98)
<アートとのれんの街>形成
企画「七尾国際アーチストキャンプ」
昨年までの「ななお国際石彫シンポジウム」を発展継承させるために、「七尾国際アーチストキャンプ」を新たに開催した。石彫だけでなく、絵画や陶芸、木工、染色、音楽などアート分野を広げて、住民参加によるアートの賑わい演出を町通りの商店街に展開した。また「街並みと環境芸術」をテーマに景観形成について討議した。
平成11年(’99)
<アートとのれんの街>形成
企画<七尾なみなみネット>
港町七尾から「波」をキーワードに情報機器等を活用したイベント企画「七尾なみなみネット」を開催し、インターネットによる情報発信やデザインコンペなど多彩な事業内容から中心商店街の賑わい創出を図った。また「アートとのれんの街」充実向上に努めた。
平成12〜16年(’00〜’04)
<アートとのれんの街>形成
継続事業「街並み景観向上計画」
昨年の「七尾なみなみネット」継続事業として街のホームページ充実を図った。さらに継続事業「街並み景観向上計画」として、景観デザインコンペや水銀灯改修、ファザード補助整備、石畳・石灯籠の設置構想など、具体的な取り組みを始めた。「’03一本杉公園」を新設した。16年度は、登録文化財の申請や景観ガイドライン作成、ファザードの統一化(暖簾・看板)など、新たに取り組む。
5.建築史的考察
  多田邸(旧上野啓文堂)は、商品である万年筆の形態を造形化したユニークな外観を持った「看板建築」であり、創業者上野啓の発案によるデザインと伝えられ、昭和初期の近代七尾を象徴している。万年筆とインク壺を組み合わせた意匠やペン先を象った2階窓枠、また両側柱2本の柱頭デザインなど、庶民感覚的なデザイン思考で満ちており、さらにその全体構成は、「人間の顔」を想像させる。そして伝統的な左官技術の高さをも知ることが出来き、他に例を見ない外観を備えた当建物は、極めて貴重な地域固有の歴史的建造物である。

6.登録保存の目的と意義
  多田邸(旧上野啓文堂)の登録保存の目的と意義については、以上の保存経緯と建築史考察を踏まえて、次の2点から指摘される。
 @一本杉通りの歴史的町並みに寄与し、広く親しまれてきた建造物
 この看板建築のユニークな外観デザインは、建設以来70年以上にもわたって広く親しまれ、一本杉通りの歴史的町並みに寄与してきた意義は、極めて重要であると言える。
 A能登七尾の優れた伝統左官技術を伝える貴重な看板建築
 万年筆の形態を取り入れた外観には、いまでは極めて再現の容易でない優れた左官技術や造形意匠が確認され、当地域固有の建築文化を知る上でも極めて貴重な歴史的建造物である。

つづく
 

ホーム ] [ 登録有形文化財