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長谷川等伯の世界
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北島屋


画聖長谷川等伯第400回忌顕彰法要・記念事業のご案内
平成21年4月23日(木)〜25日(土)




七尾市の生んだ画聖 長谷川等伯 1

JR七尾線の七尾駅の改札を出ると

一番先に目に入るのが等伯の青雲の像です

まさにこれこそ七尾市のシンボルです

「等伯会」製作発行の色紙を紹介します



@達摩図

長谷川信春筆 紙本墨画 一幅
七尾市 龍門寺蔵
縦 71.0cm 横 56.7cm


本図は七尾が生んだ近世画壇の
巨匠長谷川等伯(1539-1610)の
青年時代の名作として
近年とみに有名になった作品です

等伯は、はじめ雪舟門人の等春に学んで信春と号し
若くしてその卓抜な天才ぶりを発揮して
仏画、道釈画、肖像画、鑑賞画など
広い領域にわたって製作し
彩色、水墨とも能くしましたが

本図は水墨の道釈を代表する名品であって
同じく七尾の霊泉寺に伝えられる
淡彩十六羅漢図(八幅)と
ともに信春時代の等伯研究の上で
重視されるのであります

それは本格的な漢画の水墨技法を示し
炯炯(けいけい)たる眼光逞しい体躯は
戦国武将の風姿を想わせますが
その鋭く強い筆致は
後年の等伯時代の
多くの水墨画に見られる技法的特色を
予知せしめるものがあります (土居次義)

(色紙サイズ:約 縦27.2cm 横24.2cm)
(色紙の栞より)




A花鳥図屏風
(かちょうずびょうぶ)

重要文化財 六曲一隻
長谷川信春(等伯)筆 妙覚寺
縦 149.5p 横 360.0p


本屏風は、京都の相馬家から妙覚寺へ
寄進された漢画系の花鳥図で
もとは六曲一双であったと思われるが、
現在は左隻と考えられる
この一隻が伝声している

右へ伸びた白梅を中心に竹と笹薔薇を配し
地面には睡蓮を、さらに梅樹に遊ぶ鴛鴦と鶯を
愛情豊かに描いている
細密な描写で描かれた禽鳥たちと
濃く短い輪郭線をつまぎ合わせたような梅樹や
岩や笹の強く直線的な表現は対称的で
それぞれをより際だたせいる

画面の両端に重心を置く構図は雪舟を思わせ
自ら雪舟五代と称した等伯の画業の流れを
感じ取ることができよう
一見、華やかな著色画に見られるが
あくまでも水墨を基調としており
一部に色彩のが施されているだけである
その僅かな彩色の配し方は絶妙で
改めて等伯の色彩感覚の高さが窺われる

「長谷川」の朱文長方形印と
「信春」の鼎形朱文印が捺されており
信春画と等伯画とを繋ぐ作品としても
極めて貴重な作品と言える

(色紙サイズ:約 縦27.2cm 横24.2cm)

(色紙の栞より)


B牧場図屏風
(ぼくばずびょうぶ)

長谷川信春(等伯)筆 六曲一双
東京国立博物館蔵
各縦158.6p 横343.6p


現在、この屏風に落款は確認できないが
以前は「信春」印のあったことが知らされている
それを示すように、素地泥引に濃彩で描かれた画面には
信春時代の特徴が多く見られ
特に馬は「伝名和長年像」(東京国立博物館蔵)や
「弁財天五十五童子図」(個人図)と
ほぼ同じ形体を示している

右隻には春景を、左隻には秋景を描いたもので
本画像はその内右隻の中心部分である
山野に戯れる群馬と
それを調教する武人たちを描き
土坡や水流の表現には大和絵的な様式を用いている
近世風俗画の先駆的作品で
信春時代における代表作の一つと言えよう

制作年代については上洛後説が強いが
色彩的な部分から見た場合
能登に現存する作品と近いように思われる
また、信春の養父・宗清は
雪舟の弟子・等春に絵を学んだと言われ
その等春は晩年に雪舟と共に北陸へ訪れ
能登畠山氏の所望で馬の絵十幅を
描いたと伝えられる
更に、加賀の守護富樫家累代の人々は画技に長け
特に馬の描写については
雪舟も賞賛したとの事であるから
能登時代にも先人の優れた
絵手本があったとも考えられ
その辺の関連性も含めての検討が必要であろう

(色紙サイズ:約 縦27.2cm 横24.2cm)
(色紙の栞より)


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