第二十八話  陽は昇り、日は巡る





 ぱぁん!

「先生、女子12番吉川桜の死亡確認がでました」
「ありがとう」

 機械越しに聞く、聞き慣れた銃声と、モニターを見ていた無表情な兵士の声に返答して、香取は微笑んだ。

「桜ちゃんはっと、えーっと…」
「三時二十分死亡、だな」
「尾花沢さん!」
 手元にある書類に鉛筆を走らせながら、声の主を振り返る。眠っているものと思っていた中年男性は、薄気味悪い笑顔で椅子にうずもれるように座っていた。
「どうだ、この六時間の死者は?」
「前半よりはマシですね。四人目ですよ、彼女で。」
「そうか」
 それだけ答えると、尾花沢はまた目を閉じる。
 香取はそれがつまらないのか、一人で時間を持て余したのか、伸びをしながら立ち上がってゆっくり窓辺に歩み寄った。
 まだ明けていない、夜の闇。それでも、どこか空気は清く、きれい。

 平和なとき。
 サッカー部で合宿したときは、私最後まで寝てて有希ちゃんに怒られたっけ。

 そんなことを考えて、肩を竦めて笑った。
 私、今は一晩中起きてても平気よ?だって、皆が繰り広げる『ドラマ』、あんまり面白いんだもん。
 そんな彼女の背中から、また声がかかった。

「どうだね、今回の選手の戦い振りは」
「分からない事も多いですけど、…ま、顔も知らない人が居るのに良くやってますよね」
「優勝者の言葉にしては普通だな」
「やぁだ、何期待してるんですかー?」
 笑って、尾花沢の方を向く。

 そう、香取夕子は自身が中学三年のときに『プログラム』で優勝している。
 そして、優勝者の唯一の就職先、BR促進委員会で教員として働く傍ら、桜上水中の教師としても働いていた。

「いや。何が、分からないって?」
「一番はみゆきちゃんですね」
「ああ、さっきから乗ってくれてるのは分かるが言動が読めないコか」
「それと、早矢ちゃん。」
「二人とも桜上水だろう?どういう関係だ」
「それがさっぱり。合宿の日になっての飛び入り参加の早矢ちゃんと、女子サッカー部のみゆきちゃんの接点なんか分かりません」
 サラリと言い放って、香取は考えるようなポーズを取る。
「『リイ』も良く分からんな」
「そうですね。自分たちで語ってくれるの、待つしかないんじゃないですか?」
 あまりに素っ気ない返答に眉を顰めて、尾花沢は次の言葉を口にする。
「他に気になることでも?」
 良くぞ聞いてくれました、と言わんばかりに彼女は無邪気な笑みを浮かべた顔を上げる。

「今回の皆の殺し方ですよぉー!」

 そんな答えに、彼は笑って頷いた。
「なるほど?物足りないのか?」
「そうじゃなくて」


「皆、変に甘いです。二人居て、片一方だけ生かしておいたり。見ててじれったいくらい。
 効率よくやらなきゃ、ゲームは終わらないのに」


 彼女がセーラー服を着て、拳銃を手にある無人島を走り回ったときの資料を読んでいる尾花沢は、鼻で笑った。


「さすが優勝までの最短記録保持者は言う事が違うな」


 6時間49分。カノジョの、記録。
 あまりに短く、そしてただひと時の夢とも取れる時間。
 その短い時の中、香取夕子は実にクラスの半数以上である27人をその手にかけていた。
「……効率よく、しなきゃ」
 口の中の呟きを、尾花沢は知る由もない。
「キミはすごかったな。まず仲の良い女子を一所に待ち合わせさせて手榴弾で全滅。
次に集まっていた男子数人グループの食事を作って毒をもって殺し、そして」


「恋人も居た、ゲームの邪魔をした連中をマシンガンで撃ち殺した、でしょ?」


 楽しげな思い出を語るように、香取は笑顔で続いた。
「…見習って欲しいもんだ」
「無理言っちゃダメですよー。知らない子も多いんですから、私みたいな手は使えませんもん」
 兵士たちは、そんな会話を聞き流しながら黙々と作業をしている。
 時たま電子音が聞こえ、移動した選手を知らせてくる以外、二人に話し掛けてくることはない。
 尾花沢は、一番人気の渋沢も死んだのか、とそれだけ呟いてまた眠りに入ったようだ。
 香取は一人微笑む。

「効率よく、しなきゃ、」



「最後まで、苦しむ思いをするのは自分たちなのにね」

























「小島?」
「………ん」
 体力の差。男女平等でしょ?とセンセイは笑っていたが、やはり二十四時間も経てば、その大きさははっきりと現れてきていた。
 小島有希と不破大地は、今森の中でも比較的崖に近い、周りが良く見えるところに座っていた。黒髪を下ろした頭は、隣の大きな肩に乗せられ、有希が大地に寄りかかる形で、二人並んでいた。傍から見れば、恋人同士とも取れる状態だが、二人とも全然気にしていない。
「眠れないのか?」
「ううん。ちょっとウトウトできたわ。平気。」
 同じ距離、同じスピードで歩いていたというのに、何だこの差は。
 有希はそう思いながら、軽く笑った。

 こんな状態で眠れるわけがない。
 絶えず銃声の聞こえ、誰かがどこかで死んでいっている中、呑気に睡眠なんてとれない。
 それでも、大地は有希に寝るように何度も言った。
 『時間のあるときに休め』と。
 そのたびに彼女は、自分はどうするのだ、と尋ねたが相手はさすがクラッシャー。
 『二晩くらい睡眠をとらなくても平気だ』と、ケロリと言い放たれた。
 結局はそのしつこさに折れた有希が、彼の肩を借りて体を休めている。

「もうすぐ六時?」
「ああ。放送が入るな」
「……また、聞かなきゃならないのね」
 そんな会話をしながら、二人の目はしっかりと右から近づいてくる人影に向けられていた。さり気なく身を離し、お互いにどうするか考える。タイミングを計る。

 選抜にも行っている不破と違い、有希には見知らぬ者が多すぎた。
 だから『信じられる』人も限られている。
 大地がその点を考慮し忘れているはずもないだろうが、少しの不安は消す事が出来ない。
 だからこそ、その『色』を見て、思わず目を瞠った。

 昇り始めた太陽の光を反射する、その色。
 金色の長い髪が、揺れている。

「シゲ…?」

 どうしようか。
 同時に思った。彼は、乗って欲しくない。けれどアイツほどヤバイ人物も居ない。飄々として、少しも読めない。正直、同じ桜上水の中で一番会いたくない奴だった。
「小島」
 なぁに?と目で問いながら、言葉を促す。
「風祭も、居るぞ」
 薄暗いが、ほんのりと明るくなり始めた空が照らすのは三つの陰。
 大きな体は間違いなく佐藤成樹。
 小さな二人の人物が、傍に居るのは分かる。けれど。
「あれ…風祭?」
 顔までは、太陽ははっきりと教えてくれていない。
 二人は顔を見合わせる。将なら、信じられるかもしれない。一番ああいうタイプが恐いと言うのも分かるけれど。後もう一人が、誰かもわからないけれど。


 有希に支給されたグロックを持った大地が、立ち上がった。深い茶色の毛が揺れた。いつもよりも数十倍、心臓が煩い。カバンを握り締めた両手が、汗で気持ち悪かった。

「佐藤、お前は乗っているのか?」

 何か喋っていたらしい三人は、ようやくこちらの存在に気付いたらしい。そりゃそうだろう。さっきからココに居るのでなければ、中々この木々の並ぶ土地には目が慣れない。それに三人までの距離は、五十メートル以上離れている。

「不破か?」

 返ってきた声は、何ら変わっていない。信じるべきか、否か。
 声をかけた限り、その選択はしなければならないのだ。
「えっ、不破くん!?」 
「……と、誰?」
 後に聞こえたのは、高めの声。不破の言う通り、風祭将に間違いない。
 そして次の声は、あの女顔の強気なDFを連想させた。
「椎名…?」
 有希が囁くように名前を口にして大地を見ると、そうだな、と小さく返ってきた。
「乗ってへんよ。俺ら三人とも、やる気は全くない」
 不破の質問に答えた声が、耳に届く。

 信じるべきか、否か。

 判断は、すぐにつく。それはもはや、二人の希望だったのかもしれないが。
「俺たちもだ。」
 断言した大地の声に、曇りはなかった。だからこそ向こうも、この距離を縮める気になったのだろう。ゆっくりと歩み寄ってくる三つの人影を見ながら、有希は思う。

 こうやって信じてくれる人も居るんだ。
 みんなが皆、殺しあってるんじゃ、ないんだ。

 良かった、と。大きな背中に半分庇われたまま、素直に感じた。

「なんや、小島ちゃんか。不破と一緒におるんはちょっと予想外やったわ」
 ようやくはっきりと表情も確認できるくらいに近づいて、成樹は笑って言った。それは普段のまま、人をからかって純粋に笑うその笑顔。
「…桜上水のマネの子だよね?フットサル一緒にした」
 反対に真剣な顔の翼は、そう言いながらまだ警戒態勢を解かない。まあ、仕方がないのかもしれない。同じ中学の連中ばかりがこうして顔を合わせるなんて、彼からすれば嬉しいのか悲しいのか分からない偶然だ。

 ――――――――飛葉の仲間を失った、翼には。


「そーよ。小島有希。宜しくね、椎名サン」
 出来るだけ日常の声に近づけて、有希は微笑んだ。久しぶりに、その赤い唇の両端が持ち上げられる。
 大地はそれを確認しながら、将を見つめる。
「無事でよかった、二人とも」
 にこり、と笑った彼は少し疲れているようだった。親しい友人でなくとも、チームメイトが次々と消えている現状は、優しく強い彼には重過ぎるのだろうか、と思った。
「ああ、お前たちも」
 そう返して、ふと成樹に目が止まる。有希も同じらしい。
「…ってシゲ、あんたその傷…!」
 脇腹と、左肩。赤い血の跡が残るそこは、明らかに誰かにつけられたものだった。

「あー、これは、なぁ」
 曖昧に笑うしかない。ショックを与えたくないがために、翼には言っていたが、将にはこの傷をつけた『彼女』のことは何も言っていなかった。そして、有希も同じ。

 かつての後輩が、銃をぶっ放していると知ったら、どう思うんだろう。

 けれど、それは無駄な考え。



「桜井みゆきにやられたんだって」



 淡々と語られた台詞。思わず成樹以外の三人は、声の主を見た。
「姫さん」
 言うても大丈夫か?と目で問うと、軽く笑われた。幾分、つらそうな響を含んだ声が言葉を続ける。
「ショックだろうけどさ、現実を知っとかなきゃ自衛できないよ?」

 そう、翼は全てにおいて彼らより先に物事を『体験』している。
 仲間だと思っていた少女が壊れ、仲間へと引き金を引くという瞬間。
 周りに居たものが次々と死んでいくとき。
 一人にされてしまう、悔しさ。
 彼らには、そうなって欲しくないから。

「信じたくないと思う。でも将も、小島も、受け止めて」
 それが、この腐ったゲームの狙いだから。
 真っ直ぐな瞳は、そう語ったのだろう。他の誰も、何も言えない。
 ただ、有希は悲しそうに目を伏せて、そして一つ頷く。将は、呆然と目を見張ったまま、それでも唇を噛み締めて言った。
「―――――――分かりました」
 成樹と大地は、翼の目をただ見つめ返した。何があったかは分からない。でも、放送で彼の友人たちが一挙に死んでいったことは知っていたから。何も、言わなかった。

「さあ、そんな暗くなりすぎんなよ!一緒にこのゲームを潰すんだろ!」

 明るく翼が言い、それに対して大地と有希が瞠目したのと、けたたましいクラシック音楽が朝の静かな空気を切り裂いたのは、ほぼ同時だった。














女子12番 吉川桜・死亡    【残り13人】





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