吉川桜  『瞳』






 うきうきしていた。
 ずっとずっと、憧れていた人と一緒に居れるから。




  『吉川、来週末ヒマか?』
  『はい?』
  『いや、飛葉中の監督から連絡があってな』
  『はぁ』
  『都内選抜合宿にマネージャー貸してくれて、って要請だったんだよ』
  『何でウチにそんな依頼が来るんですかァ?』
  『サッカー部員が選ばれたとは考えてくれないのか』
  『だって弱いもん』
  『あのなぁ…。若菜だよ』
  『え』
  『お前、仲良いだろ?アイツと。』




 仲良い、というよりも、よく喋ってくれる。
 クラスメイトに過ぎない私と、誰とでも、彼は楽しそうに笑って話す。
 その屈託の無い笑顔が浮かぶ、丸い瞳がとても済んでいる人。
 大好きだ、と思う。
 私はその場で「行きます」と答え、保護者に何とか許可を貰って、合宿に参加した。











「吉川ぁ、こっち来いよ!」
 女の子ばかりのミーティングを終えてから、バスに乗り込むと声が飛んできた。
 驚いて顔を上げたら、いつもの笑顔で手を振ってくれる彼。
「行って来なよ、桜」
 久し振りに再会した、幼なじみの早矢ちゃんが静かに言う。
 クス、と小さく笑って、肩を叩かれる。
「犬みたいね」
「…早矢ちゃん」
 あんまりな言い草に絶句した私を、彼女はその綺麗な指で押す。
「今の内に仲良くしとけば」
「え?」
 通路を挟んで隣に座った早矢ちゃんは、曖昧に笑って聞き流したようだった。
 後から乗り込んで来る乃川さんたちに気付いて、慌てて道をあける。
「隣、いいの?」
「吉川が嫌じゃなかったドーゾ?」
「じゃあ、お邪魔します」
 どうしようどうしよう、赤くなってないかな、顔。
 ドキドキ煩い心臓を感じて、若菜くんの隣に座った。
 そんな私を知ってか知らずか、彼は前に並んだ二人の黒髪に話し掛けてる。
「英士、一馬」
 振り返ったのは、整った顔の少年と、鋭い目をした少年。
「俺と同じ学校の吉川。吉川、クラブで一緒の郭英士と真田一馬な」
 簡易な紹介をして、人見知りなんて絶対し無さそうな若菜くんは満足げ。
 引っ込み思案な私は、苦笑した。
 大仰に溜息を吐いた『郭くん』は、分かりやすく肩を竦めた。
「初めまして、吉川さん。いつも結人が世話になってます」
「うわ、何その言い方」
「お前は周りに混乱与えてるの自覚しろっての」
「一馬クンまでヒドーイ」
「うるさい」
 気持ち悪ィんだよ、と笑って『真田君』が若菜くんの頭をはたく。
 思わず吹き出した。
 学校とは少し違う、若菜くんの目。
 とても輝いていて、本当に楽しそうで。
 来て良かった。
 心の底から、そう思う。









(小さい頃、早矢ちゃんと一緒だった)
(物心ついたときから親なんていなくて)
(保護者代わりの人がたくさんいる、施設で育った)
(早矢ちゃんが引き取られてから二年後に、私も吉川の家に入って)
(オトナが信用できないのは、仕方ないね)
「……ん、」
 首がカクンと落ちて、目が覚めた。
 まだ少しざわついているバスの中。
 夕刻の橙色に染まった車内は、みんなの吐息が聞こえる。
「ねむ…」
 頭がガンガンする。
 どうしてだろう。
 昔の事なんて急に思い出すとは、珍しい。
 もう忘れていると思ってた、の、に。
(だめ…)
 眠い。
 鼻の奥に、何故か甘い香が漂っている。
 ふと左肩に何かが当たって、のろのろと首を傾けると茶色い髪が揺れていた。
 若菜くん、だ。
 彼も寝ていて、あの丸い目は堅く閉ざされている。
 いつも忙しく変わる表情だけど、安らかな寝顔は年相応に見える。
(やっぱり、来て、良かったな…)
 大好きなひと。
 隣に居てくれる、優しいひと。
 若菜くんがいたら、いつもそれだけで良かった。
 大人なんか信じていなくても、生きていける。
「…おやす・み……」
 吐息だけで呟いて、私は重くて仕方ない体を、バスのシートに沈めた。










 あちこちで寝息が上がりだす。
 二人で頭を預けあうような格好で眠る少女と少年を、黒目だけ動かして早矢は見る。
 人工的な眠りについた、幸せそうな、あどけない顔。
「ばいばい」
 冷笑を浮かべ、囁いた。
 もう二度と、そのような幸せを得ることなど出来ないだろう、幼なじみへ。










 その瞳が、好きだった。
 誰より透き通っていて、屈託の無い、裏表すらない、眼。
 笑ってくれると嬉しくて。
 その瞳に映るだけで幸せで。
 決して見せない落涙や、弱音すら封じ込めた強い意志。
 憧れていた。







 ――――――――その心は、非情なる状況で、脆くも崩れてしまうけれど。













 ―END―





<<あとがき>>

 …ドリー夢?(違います!)
 名前変換のJavaつけたら普通に若菜夢でも通りそうですが、気にしないで下さい(爽)
 桜を中心に書くと少女漫画チックになるんですよ!
 序に『気にしないで』と言えば、バスの座席は考えないで下さい(待って)
 だって初期設定に矛盾があるんですもの…!
 二年前の文章にケチつけても始まりませんけど。

 壊れてからの吉川桜しか、かけなかったな、と。
 彼女のついてはそれだけが心残りでした。
 こういうキャラも必要なのですが、やっぱり自分で作った子ですから愛は注いでまして。
 結局救いたくなってしまうわけですよ(笑)。
 かわいい女の子なんです。
 ちょっとだけでも、分かっていただけたら良いなぁ、と。

 私の存在は、その瞳に映る、何パーセントを占めていますか?


 藤井要



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