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2002.2.17
クラレチアン修道女会のコンゴにおける救援活動
シスター堀
クラレチアン会はコンゴで3ヵ所の保育園を運営していますが、10月から1ヵ月間現地に行って来ましたので報告します。
アフガニスタンの復興会議が日本で行われたとき、カルザイ議長はアフガニスタンには何もないと言っていましたが、本当にゴンゴにも何もありません。クラレチアン会はいろいろな国々で活動していますが、今回、コンゴへ行ってショックを受けました。(コンゴの政治の経緯については2月の「ヨゼフの井戸」で紹介しましたので、省略します。)日本政府は外国渡航の安全情報を出していますが、首都のキンシャサは危険度3で渡航を控えた方が良い国に指定されています。コンゴにはクラレチアン会の修道院が2ヵ所あります。保育園は、首都の周辺に3ヵ所ありますが、危険度の高いところで活動しています。コンゴを他の国と比較したとき、生活のレベルがあまりにも不平等であることに驚きました。
現地には全く何もなく、シスターが店を開いているのが唯一の商店です。この奥地へ行くためには許可が必要で、現地には観光客の姿は全く見られず、外国人は神父様かシスター達です。現地への道はきわめて道路状況が悪く、車で移動した時もゆれが激しく、乗っていても体が壊れそうでした。現地の家屋は木と葉で作られており、窓がないため中は真っ暗でした。そのため、日中は外で活動しており、夜になると、現地の音楽をやっていました。シスターの活動場所はソーラー発電を行っていました。しかし、屋外は真っ暗でした。また、水がないため、井戸を作るプロジェクトが進められていますが、井戸ができたので、シスター達は感激していました。
現地の食事はいもを水につけて毒抜きをした後、粉にしてもちとしたものですが、毒が十分に抜けていないものを食べた場合、体に障害が残ります。現地には、身体障害の人がおり、また、脳の障害のため精神障害の人もいます。現地の保育所では、子供がほとんど食料が得られないため、子供には、ミルクにビスケットやごはんを混ぜて食べさせて帰しています。現地では牧場を作って、200$で子牛を買い、育てています。子供達や併設の診療所の病人には、牧場で飼っている牛を殺して食料を与えています。おかげさまで、クラレチアン会では、皆さんの協力によって、病人に食事を与えられるので、他の修道会の病人よりも早く病気が治ります。他の修道会では薬しか与えられないので、治り方が遅いようです。
学校は、家庭に資金がないために皆が行ける訳ではありません。先生も政府から給料が未払いであるため、生徒から集金する以外に方法がありません。シスターが教えている学校でも机が不足しているため、地面に座って授業を受けている子供もいます。黒板も擦り切れています。子供には教科書もなく、先生の使っている教科書も黄ばんでおり、まるで平安時代の文書のようでした。子供達の持っているノートも小さく、黒板に小さくびっしりと書かれた文字を、ノートが長持ちするように小さい字でびっしりと写していました。よくあの字が見えるものだと感心しました。頂いた献金を机を購入する資金として置いてきました。
服は着たきりでぼろぼろでした。平均寿命は47歳で、死者も多く、滞在中も32歳の女性の人が亡くなりました。同じ人間に生まれながら、これほどにどうして違うのかと思い、常々、苦しいときは神頼みして祈りますが、コンゴでは神は人々を見捨てたのかと思いました。しかし、そうではない、神は神父様や、シスターを通じて、働いておられるのだと感じました。そのため、ミッションの行われている地域はほかの地域に比べてまだよいのですが、現地の状況は極めてひどく、私自身も滞在中は、下痢など体調不良に見舞われ、死ぬかと思うほどでした。
現地はスペインのシスターが主に活動を行っていて、各国のシスターが努力していますが、長期間、命がけで働いています。皆さんの支援がなかったら、とても働ける状況ではありません。皆さんの支援に感謝しています。
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