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| 松ヶ岡開墾場は、1872(明治5)年、旧荘内藩士3,000名が刀を鍬にかえて323ha(323万u)を開墾しました。その後1875(明治8)年から1877(明治10)年にかけて大蚕室10棟を創建、節義廉恥を宗とし、産業振興に邁進してまいりました。現在月山山麓にひらける225ha(225万u)の広大な開墾地は、幾多の艱難をのりこえ、その60余戸の末裔によって継承経営され、創業の精神を今に伝えています。 松ヶ岡開墾場には、開墾当初、藤島より移築した本陣や大蚕室10棟の内5棟が創建当初そのまま、とどめて現存しております。1989(平成元)年、蚕室5棟と付属建物の全敷地、及び経塚丘、池とその周辺を含む本陣の全敷地並びにこの中の道路を包含する一連の区域、面積23,950平方メートルが国の史跡に指定されました。 |
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春になれば、蚕室周辺が桜回廊となり、近くには水芭蕉の群生地、桃の花が一斉に咲き誇り、また柿、リンゴ、梨、桃、ブドウなど収穫され、四季おりおり自然豊かな松ヶ岡開墾場です。 1983(昭和58)年、松ヶ岡開墾記念館を開設以来、松ヶ岡開墾場はじめ農事組合法人松ヶ岡農場、社団法人丕顕会、松岡物産株式会社、財団法人致道博物館によって保存活用されています。史跡内建造物の保存修復工事が行われており、平成13年4月は本陣修復保存工事が竣工、五番蚕室の修復保存工事が平成14年度15年度の2ヶ年かけ平成15年3月竣工、平成15年度から16年度にかけ1番蚕室が修復工事がおこなわれ平成17年1月竣工しました。 |
| 松ヶ岡開墾記念館の1階は松ヶ岡開墾資料並びに蚕糸関係資料を展示、二階には 田中正佐・正臣コレクションの全国の郷土玩具25,000点が展示しております。 田中正佐:鶴岡市十三間町生まれ、大正15年旧制鶴岡中学校卒、新潟高校、京都大学卒、 大丸百貨店副社長、東急百貨店社長、五島美術館理事長を歴任した。 |
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1875(明治8)年創建の1番蚕室は現存する5棟のうちの1棟 です。他の蚕室と同様、棟梁は当時の名匠高橋兼吉(鶴岡)ら2名で、養蚕業の先進地上州島村(現群馬県佐波郡境町)田島家の蚕室を模し、桁間はその倍にして建造したといわれています。桁間21間(37.8m)、梁間5間(9m)で2階建ての上に通風換気のために,さらに越屋根をとりつけ、屋根には明治8年に取り壊された鶴岡城の瓦が使われています。 五番蚕室は、平成15年3月から2年かけ、1番蚕室も平成16年度で修復完了しました。 養蚕方荒まし(資料) |
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