おいしいスープの作り方3 (ある洋食屋の風景 menu5 ガスパッチョ) |
「おはようシェフ!またいっぱい出来ちゃったからさ、これ使って」家庭菜園を趣味にしている私は収穫が多いとき、その洋食屋へ色々な野菜をおすそ分けする。
「いいトマトとキュウリですね。このまま食べても美味しそうだ!いつもすみません」
「なに、シェフがマジックをかけたらもっと美味しいものが出来るんだろう。楽しみにしているよ」
シェフと私は単なる客と店主の仲ではない。飲み仲間であり、カラオケ仲間、自転車仲間でもある。定年を迎え、リタイヤした私に運動不足解消にと自転車を薦めてくれたのはシェフだった。「この歳でそんなにスポーティーな自転車に乗るのはチョッと怖いよ」尻込みする私だったが「大丈夫。自分のペースで無理せず走れば良いんです。気持ちいいですよ、一緒に走りましょう!」その後すっかり自転車の虜になってしまった私はシェフの休日に揃ってツーリングに出掛けるのが一番の楽しみであった。 シェフが自転車を薦めてくれたのは運動不足解消の為だけではない。夫婦二人で定年後の第二の人生を楽しもうと思った矢先、突然妻に先立たれてしまった私を気づかってくれたのだ。自分では気丈に振舞っているつもりではあったが、端から見ればかなり肩を落としている様に映っていたのだろう。
仕事人間で無趣味な私は定年後をどう過ごそうか、子供達も巣立ってしまい夫婦で毎日何をすればよいのだろうと思っていた。妻は以前から興味を持っていた家庭菜園をいっしょにやろうと提案してきた。季節ごとに二人で野菜を作り、収穫した物を食卓に並べて頂く。それは彼女の夢だったようだ。 最初のうちはなかなか思うような収穫は獲られなかったのだが、それでも妻は楽しそうだった。あんなに楽しそうな妻を見るのは初めてで、仕事にかこつけて一緒に過ごす時間を作らなかった自分をその時に私は悔いた。 やっと少しづつまともな野菜が作れるようになりシェフにおすそ分け出来始めた頃、病魔が妻を襲い、あっという間に私から奪い取ってしまった…… 「私に野菜を持ってきてくれるときの奥さんはとっても嬉しそうでしたよね。新鮮でしかも無農薬だからとっても美味しくて、無駄にせず色んな野菜料理に挑戦できて私もレパートリーが増えましたよ。感謝しています」 妻はシェフの作る季節感溢れる料理が好きで、友達などと連れ立ってよくランチにも伺っていたようだ。
「シェフ、明日の休みは走れるの?仕込みが忙しいんなら無理するなよ」
「いえ、明日は午前中にケーキを焼くぐらいだから午後から走りましょう。もう大分暑くなってきたから夕方近くからの方がいいと思いますよ。無理は大敵です」
シェフの忠告通り翌日は夕方近くから近場を軽く流して走った。しかし八月の声が近くなった今の季節は夕方でもかなり汗をかく。水分補給はしているのだが走り終わった後にはかなり喉が渇いているのだ。ツーリングのあとは決まってシェフの店に帰り何よりも先に美味いビールを頂く。二人ともその楽しみの為に走っているようなものだ。
しかし今日はビールより先に違った物が用意されていた。よく冷えたガラスの器に真っ赤な液体が注がれている。
「今日はこれを先に頂きましょうよ。昨日のトマトとキュウリで作った冷たいスープ『ガスパッチョ』です。汗をかいたあとにこれを飲むと生き返りますよ!」
「ほー、ガスパッチョか。初めてかな、これ頂くの」好き嫌いが無い私だが何故か冷たいスープはあまり好みではない。
しかし、口に含んだとたんに身体中の力が抜けるようだった!
「こんなに美味い冷製スープ、初めて飲んだよ!あのトマトとキュウリでこんなに美味いスープが出来るのか。まさにシェフのマジックだな!」
「頂いたトマト、キュウリ、それと玉ねぎ、ピーマン、にんにくとオリーブオイルを加えてミキサーで粉砕するんです。まあ、野菜ジュースと言っちゃあそれまでですがね」
そして添えられているバケットとチーズがいい。バケットはスープに浸して食べると美味いし、チーズはその塩気がスープと良く合う。
「シェフ、悪いんだけど今日はワインが欲しいね!」
「そう言うと思って、もう用意して有りますよ。赤か白か迷ったのでロゼのスパークリングにしました」
ひとしきり飲んだあと私は妻の事を思い出していた。彼女はこの美味しいスープを味わったことが有るのだろうか?少なくとも私と一緒にはないと思う。 「なあシェフ、うちのやつはこのスープの美味しさを知っていたのかな?」シェフがその答えをあっさり出してくれた。
「ええ、うちの店で召し上がってますよ。かなりの好物だったようですね。夏場は予約注文されるぐらいでした。でも奥さん、おっしゃってました『うちの主人は冷たいスープが苦手なのよねえ。だから一緒の時はあまり頂かないの』って」
「そうか、そんなにこのスープが好きだったのか。あいつは自分の好みを押し付けるような奴じゃあ無かったからなあ……」
長年連れ添った夫婦でも彼女の全てを知っているとは思っていない。しかし、私の知らない妻がここにも居たのだ…… 自分の好物のスープを予約注文して、友達とお喋りでもしながら味わっていたのだろう。こんな私に気を使いながら、彼女も彼女なりに自分の人生をささやかに楽しんでいたのだ。
妻に苦労ばかりかけていた私。少しだけ、ほんの少しだけだが心に抱えていた荷物が軽くなった思いだった……
fin 2008.7
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まちぼうけ
(ある洋食屋の風景 menu6
オムライス) |
「ねえ、ちょっと、ちゃんと聞いてる?!」
「あ・ああ、えーと、何の話だっけ?」
「もう、しょうがないなあ」僕らは行きつけの洋食屋で、注文したオムライスが出来上がるのを待っていた。彼女は見てきたばかりの映画の話に夢中だけど僕はふたつ隣りの席が気になって仕方がない。彼女の話も上の空でどうしてもチラチラ見てしまう。 そこに座っているのは二十歳くらいのチョッと可愛い僕好みの女の子。この店でははじめて見る顔だ。彼氏との待ち合わせだろうか、ひとりで寂しそうに持参したグルメ雑誌を見ている。
小さなその洋食屋のオムライスはいろいろな雑誌で紹介されるほどの人気メニューで来店客の半分はオーダーするそうだ。その子が持っているグルメ雑誌にも載っているのでそれを見てオムライスを食べに来たんだろう。
「すみません、もうすぐ来ると思うんですけど。携帯に連絡を入れてもなかなか捕まらなくって……」
「いいですよ、空きテーブルもありますし、気になさらないで下さいね」申し訳なさそうに何度も謝るその子にお店のオヤジさんも奥さんもさりげなく気を使う。
今日はちょっと混んでいるので時間が掛かったけど、僕達のテーブルにもオムライスが運ばれてきた。
「うーん、やっぱりココのオムライスのデミグラスソースは絶品だよね!」
「他の料理も食べてみようと思うんだけど、やっぱりこれを注文しちゃうね!」2人で舌鼓を打ちながらチラッとその子を見ると、僕のオムライスに目が釘づけだ。僕は何だか気まずくなって、その後は黙々と食べる事に専念した。
「ねえ、あの子あんたの好みでしょ! チラチラ見ちゃってさ」大満足で店を後にすると早速彼女に突っ込まれる。
「え?まあ、好みって言えば好みだけど、それより僕のオムライスをジーっと見てるんだよ。よっぽど好きなんだね。オムライス好きには絶対にあの店のオムライスは食べてほしいなあ」
あれからちょうど1週間。僕達はデートの後にまたこの店へ来た。
「ねえオヤジさん、この前僕達が来た時にいた可愛い女の子、結局連れは来たの?」
「ああ、あの子ね、閉店まで待ってたんだけど来なかったんだよ。急に仕事が入ったらしく閉店間際にやっと連絡がついたんだ。お腹もすいただろうし『オムライス1人前ご用意しましょうか』って聞いたらね、何て言ったと思う?」僕の彼女も興味があるようで「何て言ったんですか?」なんて聞いている。
「どうしても彼と2人で食べたいから今日は我慢するって言ってさ、コーヒーとケーキで帰ったんだよ」
「何てけなげな子なんだ!僕達だったら有り得ないよね」
「うーん、そうだね!私だったら一人でさっさと食べて帰っちゃう」今日はお店もちょっと暇そうだからオヤジさんも僕達とそんな話をする余裕があるみたいだ。僕と彼女は一応メニューを隅々までチェックして、いろいろ迷った末、結局は今日もオムライス。
「ねえねえ、奥の窓際の男の子、めっちゃカッコいいんだけど!何の仕事してるんだろう?」僕もさりげなくそちらを見る。なるほど、なかなかカッコいい爽やかな男の子がひとりで雑誌に目を落としている。 「すみません、連れが一人もうすぐ来ますのでオムライスを2つ作ってください」彼がお店の奥さんに注文をしたその時にドアが「カランコロン♪」と音を立てて開いた。 「おまたせー!」満面の笑顔で入ってきたのはそう、あのときの、まちぼうけをくっていたあの子だった。
fin 2008.2
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あの街から (ある洋食屋の風景 menu7
ロースカツ定食) |
彼は二十五年ぶりにその街を訪れた。料理人の彼が初めて勤めた洋食レストランが有った街、青春という時代を過ごした思い入れの強い街だ。見習いの頃は何もかもが初めての経験で戸惑う事ばかりだったが、きつい仕事ながら充実した毎日だった。
いろいろな人々と出会い、恋をし、悲しい別れや挫折も幾つか経験した。実家に戻る事になり五年でその街を後にする時に彼は思った。「またいつかこの街で暮らしたい。俺の料理人としての原点の大好きなこの街で」思い入れだけではない、不思議と肌が合う街だった。
小さな街場のレストランや高級ホテルのフレンチレストラン、巨大ホテルの宴会調理など、彼はその後も様々な調理場で腕を磨いた。しかし、キャリアが二十年に達しようとした時に彼はあっさりと当時勤めていたホテルを辞めて実家に程近い場所で妻と小さな洋食屋を開いた。自分の作りたい料理をストレートにアピールできる独立開店と言う道を選んだのだ。 それからの十年はあっという間だった。料理の他にパンやデザートまでを全て一人で作るために休む間もなく働いた。気が付けば最初の店で料理人のスタートをきってから三十年の時が流れていた。
彼は数年前からまたあの街に行ってみたいと思うようになっていた。あの街はどの様に変わっているのだろうか。そして今、そこに自分が身を置いたら何を感じ、何を思うのだろうか……しかし毎日の仕事に追われ、なかなか時間の都合がつかず、少しずつ遠い存在の街になるばかりだった……
開店十周年のイベントは常連のお客さんや、お世話になった人達を招待し、定休日返上で盛大に行なわれた。そして翌週の定休日の前日を振替休日にあて、二連休をとる事になった。お盆とお正月以外では滅多に取れない連休、彼は思い切ってあの街を訪れようと考えたったのだ。
駅に降立ち、商店街を歩いてみる。彼が勤めていたレストランが無くなったことは風の便りには聞いていたが、二十五年と言う年月が街の様子を随分変えていた。人口もかなり増えたのだろう、当時はあまり無かったいろいろな種類の飲食店が軒を連ねていた。姿を消した店もあるが今でも頑張っている店も何件かあった。
彼が贔屓にしていたトンカツ屋もまだ残っていた。キャベツとライスがお替り自由だったのが安月給の身には有り難く、休日にはちょくちょく通っていた店だ。
当時、その店には彼と同じ様な見習いが一人働いていた。その男とは仕入先などで時たま一緒になり、おたがいが同業者である事は分かっていた。切っ掛けが掴めずに、一度も言葉を交わすことは無かったが自分と同じ見習い料理人に親近感を持って彼を見ていた。
「そう言えば、あいつは今頃どうしているのだろう……」彼はここに来るまで忘れていたあの男の事をチラッと思い出していた。
昼飯を食っていなかった事もあり、懐かしさからその店の暖簾をくぐってみた。さすがに改装や手入れはしているのだろう、昔とはかなり趣が変わった店内の印象だがキャベツとライスのお替り自由は続けているようだ。メニューには別段変り種が無い、カウンターだけの普通のトンカツ屋だ。彼はロースカツ定食とビールを注文した。カツが揚がるまでお新香をつまみにビールで喉を潤す。もうランチタイムのピークは過ぎているのだろう、客は彼一人だった。
程なくすると油の香ばしい香りと、もうすぐ揚げあがるサインのパチパチと小気味の良い音が聞こえてきた。
「はい、お待ちどうさま!」カウンター越しに店主と思しき男から揚げたてのカツを受け取る。 皿からはみ出しそうなタップリの千切りキャベツ、ほんのりとピンクがかったカツの切り身からはジューシーな肉汁が滴る。からしとほんの少しのソースをつけて食べると絶妙な揚げ加減のカツに思わず頬が緩む。カウンター越しの店主は彼を見ながら何故か笑みを浮かべ、ビールを一本差し出した。
「お客さん、これサービス。私も一杯頂きますから乾杯しましょうよ、再会を祝して!」
「えっ?再会?」彼は少しの間、何の事か理解できなかったが、帽子を脱いだ店主の顔をよく見てようやく気が付いた。
「もしかしたらあの時の見習いさん?このお店のご主人になられたんですか」
「ええ、十年前に先代からこの店の権利を引き継いで、細々とやってますよ。そちらは今、どうなさっているんですか?」
「私は実家の近くで小さな洋食屋をやってます。同じく十年ですよ。滅多に取れない連休が取れたので懐かしいこの街に来てみたんです。キャリア三十周年記念ってところですかね」
「何だか切っ掛けが掴めなくって、お宅とはお話の一つも出来なかったけど、同じ歳くらいの見習いさんだと感じていたので、気になる存在として意識していたんですよ。そう、三十年ですよね私達。あの頃はきつかったけど毎日が充実して楽しかったなあ。」
ほとんど知らなかったお互いの事を話していると、妙に共通点があったり、似たような考えを持っている二人、話は尽きなかった。
「何時とは約束出来ないけれど、お宅の洋食屋さんにも必ず伺いますよ!」
歩いてきた道は違うが、同じ時代を一途に料理人として生きてきた二人。三十年もの間、彼らを奇妙な友情が結びつけていたのかもしれない。
fin 2008.7
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夕立
(ある洋食屋の風景 menu8
ラタトゥイユとカルパッチョの丼) |
レストランには様々な人がお料理を楽しみに足を運びますが今日はひとつ、当レストランにまつわる(お客さんではない)一組のカップルのお話をしましょう。
私とシェフである主人がふたりで切り盛りするこの洋食屋は大通りから一本入った場所にある小さなお店です。ランチタイムが終わりディナーの営業までの間に食事と休憩を取るのですが、出入りの業者さんたちが注文の品を配達してきたり、予約のお電話の対応にとあまり落着かない日も多々あります。 その日も忙しいランチタイムを終え、さあ食事という所でコーヒー屋さんの配達が来ました。そのコーヒー屋さんの配達兼営業の彼は背の高いなかなかのイケメンで好青年なんです。うちの主人も一生懸命仕事に取り組む彼を気に入っている様で何かと目をかけてあげています。 「こんにちは!遅くなりましたがご注文のお品をお届けにあがりました。あっ、これからお食事ですか、すみませんタイミング悪くて……」九月に入ってもまだ暑い日が続きYシャツも汗でびっしょりの彼、忙しかったのかいつもの時間よりチョッと遅い到着でした。 「おい、昼飯食ったのか?俺達これから賄いなんだけど一緒にどうだ!ありあわせの丼物だ、金よこせなんていわねえから遠慮しないで食っていけよ」「え、いいんですか?実はもうハラペコなんですよ!今日は件数が多くて昼飯食いそびれたので助かります。このあとはもう配達が無いので遠慮なく頂きま〜す!」
いつもは主人とふたりでカウンターに並んで頂く賄いにその日は真ん中に彼を挟んで三人で頂く事になりました。食べもの商売の人たちって食べるのが速いんです。主人と一緒になった頃には食べる速さにそれはもうビックリ!しかし、彼も負けてはいませんでした。 「おい、もうチョッとゆっくり味わって食えよ。デートの時にそんな食い方をしていたら彼女に嫌われるぞ」なんて主人にたしなめられる始末でした。「デートする彼女なんか居ませんよ、仕事漬けの毎日ですもん。それにしてもメチャクチャ美味しいですねこれ!毎日こんなに美味い賄いが食えて奥さんは幸せですねえ。ところでご飯の上にのっているこのナスとピーマンなんかが入っている煮込みは何ですか?トマトの味がして洋風なんだけどご飯に合いますね!その上にのっているお刺身サーモンもいい!こんなに美味い丼、初めてですよ」「その野菜の煮込みはラタトゥイユって言うフランス風の野菜の煮込みさ。玉ねぎ、ナス、ピーマン、ズッキーニ、トマトを野菜の水分だけでジックリ煮こむんだよ。冷たくても温めても美味いんだ。意外とご飯にも合うし、カルパッチョのような生食の魚と組み合わせればリッパな丼だろ」
「いやー実に美味かった!充実の昼飯をどうもご馳走様でした。さっきまで凄い日差しだったのに外がどんよりと暗くなって来ましたね。ひと雨降るんですかね」窓の外を見ながら彼がそんな事を言っているうちに物凄い雨が降ってきた。 「あれ?誰かドアの外に立っているようですけど……」見るとちょっとした軒下のようになっているドアの外に服と髪を濡らした女の子が雨宿りをしていました。 「そんなところに立っていないで中へどうぞ、今は休憩中ですから遠慮せずにさあ」私が声をかけたその女の子は申し訳なさそうに何度も頭を下げ、貸してあげたタオルで濡れた髪を拭き「本当にありがとうございます。駅まで行こうと思ったら急に降られちゃって、助かりました。今度、必ずお食事に伺います」なんて言ってくれました。あらためて顔を見ると可愛らしい女の子です。コーヒー屋の彼もチラチラ彼女を見て意識している様子。
「そうだ、おい、お前これから駅前の店に配達じゃなかったの?彼女を送ってあげなさいよ!きたねえ車だけどさあ、まだまだやみそうにないもんな、雨。そうだ、そうしろ」
「え?今日はもう……あ・はい!きたない車ですが、よ・よかったらどうぞ」 半ば強制的に彼らを送り出すときに主人たら彼にウインクで「がんばれよ!」のサイン。
偶然が重なる事、それは実のところ必然なのかもしれません。彼が配達を遅れて私達と一緒にご飯を食べる事なんて滅多にある事じゃないし、聞くと彼女も普段はあまり通らない道を歩いていたら急な雨に降られたらしいんです。彼らは出会うべくして出会ったとしか思えません。 良縁は何処に転がっているものかわらないものですね。あの夕立がキッカケで彼らはお付き合いを始めて今はしあわせな結婚生活を送っているそうです。 めでたしめでたし!
fin 2008.9
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おいしいスープの作り方4 (ある洋食屋の風景 menu9
キノコとサツマイモのポタージュ) |
「こんばんわー!遅くなっちゃいましたけどまだいいですかね?オヤジさん」 「おお、チャリンコ屋か。入れ入れ!」 その洋食屋の近くには小さな自転車屋がある。もうすぐ三十歳に手が届きそうな男が一人で切り盛りしている小さな店だ。サラリーマンだった彼は自転車好きが高じて会社をやめ、自転車整備の技術を身に付け独立したのだ。独身者ゆえ昼と無く夜と無くその洋食屋を訪れる。
「スープとサラダだけでもいいですか?」 「何だ、またレース前のトレーニング中って訳か。儲からねえ客だけどしょうがねえなあ」 「オヤジさんだって俺にとっては儲からない客ですよ。パンクかブレーキ修理ばっかりじゃないですか。だいたいあの自転車、何年乗ってるの?そろそろ新車に乗り換えましょうよ。サービスしますから」 歳は離れているのだが何故かウマが合う二人、歯に衣着せぬ間柄だ。
「ところでオヤジさん、今日のスープは何ですか?出来たらバターとクリームはなるべく使わないようにしてもらえます?あと、サラダはノードレッシングでお願いします」 「今日はサツマイモとキノコのポタージュだ。クリーム、バターを使わなくても素材の味だけで十分コクと旨味のあるスープだからもってこいだよこれは。今年の秋の新作だ」実はオヤジさんにとってこのスープは初めてトライした新作なのだが自身も驚くほど上手くいった自信作だ。 「キノコのポタージュとかサツマイモのポタージュって前にも頂きましたよね?それが一緒になったって感じですか?あんまり想像つかない味だなあ……」 ほどなくすると彼の前にアツアツのスープが供される。鼻腔をくすぐるキノコの香りがそれだけで彼を笑顔にしてしまう。口にすると更に笑顔がひろがった! 「うーん、これは初めて味わう美味しさですね確かに。キノコはマッシュルームと舞茸ですか?サツマイモの甘味とメチャメチャ相性がいいですね!なんてたってクリームとバターを使ってないのがいい!しばらくはこのスープ続けてくださいよ」 彼は何ヶ月かに一度、ロードレースに出場する事があり、本番の2週間ぐらい前から減量とトレーニングに取り掛かる。その間、夜の食事はその洋食屋のサラダとスープと決めているのだ。
「なあチャリンコ屋、レースもいいけどお前さあ、女っ気は全然無いの?店も一人じゃ大変だろう。そろそろ身を固めたら?」 「うーん、ずーっと店に居て自転車いじってるか乗ってるかだからなあ。彼女作る暇ないっすよ。でもね、最近気になってる娘はいるんですよ。チョッと変わってるんですけどね、3日続けて『空気入れ貸してください』って来たんです。『パンク見ましょうか』って言ってもそれはいいって言うし……」 「バカって言うか、鈍感って言うか、チャリンコ以外の事となるとからっきしダメだねお前って奴は!3日続けて空気入れに来るなんてお前に気があるに決まってるジャン!さっさと誘ってうちの店で美味しいディナーでもご馳走しなさいよ!」 いつも他の常連さんやお店の奥さんは笑いながら二人の漫才のような会話を聞いているのだが今日は皆が口をそろえて「そうだ誘うだけ誘ってみなよ!」なんて言ってけしかている。当の本人もまんざらでは無い様子だ。
「じゃあレースが終わったら誘ってみよう!だけど食事はよその店にしまーす。ここじゃあ皆のさらし者になるだけだもんね。悪いけどオヤジさん、そうさせていただきますっ!!」 みんなの笑い声に包まれてそんな秋の夜はふけてゆきました。
さてこの先、この自転車屋さんの恋の行方はどうなるのでしょうか?それはまたの機会のお楽しみと言う事で……
fin 2008.11
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